97年から書き続けたweb日記を、このたびブログに移行。
「インターステラー」を見た。
先週の土曜に、「インターステラー」を観た。



監督は、「ダークナイト」等バットマン・リブート物のクリストファー・ノーラン。バットマンのあのなんともダークな感じは実によかったが、今回はもっとSF色が強い。ブラックホール、事象の地平線、ワームホール等SFでは昔から聞きなれた単語が飛び交うのだが、宣伝ではあまりSF臭が前面に出ず、「父娘の感動の再会」というトーンがあるので、意外に面食らう人もいるのでは。
  
宇宙物理学者キップ・ソーンを製作総指揮に迎えたというのが売りのひとつだが、確かにブラックホールの姿は、降着円盤の鮮やかな姿など、最近の天文学での知見が反映され実に美しい。ハッブル望遠鏡の撮影した外宇宙を思い出す鮮やかな宇宙が大スクリーン一杯に広がる。

ただまあ、いくら学者が製作総指揮とはいえ、主人公が宇宙服ひとつでブラックホールを潜りぬけるというようなご都合主義部分は、おそらく目をつぶったのだろう。映画は映画、科学ドキュメンタリーではないからねえ。

「インターステラー」とは恒星間旅行のことだが、ワームホールを使って主人公が探索する外宇宙の惑星描写は実に美しい。水の惑星の超巨大津波には度肝を抜かれた。

全体に「2001」へのオマージュのようなショットがあちこちに。まるでモノリスのようだと思っていた人工知能ロボットにはもちろんHALが投影されているのだが、惑星探索の場面になって急にシャカシャカ走り回るのにもびっくり。確かに自分で動かずに単なる板のままだったら運ぶだけで往生しますな(笑)

砂嵐と疫病によって生態系が破壊され、滅びつつある地球が背景なのだが、設定の説得力は若干疑問を感じるところ。製作総指揮の宇宙物理学者はあんまり興味無かった部分なのでは。

地球の人類そのものを助けるのか、それとも人類のDNAを外宇宙に運び、新天地で一から人類を増やして行く事でよしとするのかの葛藤が後半への重要な伏線。

人類全体を星間移住させるPLAN Aには、重力コントロールする方程式の解決が必要らしいのだが、この辺りは言葉でベラベラ喋るだけであまり親切に説明されているとは言えない。ブラックホールの内側を観測すると方程式の解を導く役に立つとかいう言及もあるのだが、これも映画としてはあまりカタルシスを持って成立した設定ではない。やるなら中途半端な科学的説明は全部省いて、そこに行けば何故か知らんが手に入る秘密、ヒッチコックのいう「マクガフィン」とする扱いでよかったとも思うのだが。

主演のマシュー・マコノヒーは若い頃のポール・ニューマンをちょっと思わせるが、人類生存のために恒星間旅行に出かける使命感と家族への愛の板挟みになる人物を印象的に演じている。同僚の飛行士アン・ハサウェイやマコノヒーの娘、マーフィーの少女時代を演じるマッケンジー・フォイもよい。

空気が無い場所では音が伝わらない事をきちんと再現した宇宙空間の場面も随所で実に印象的だし、壮麗なブラックホールの場面も美しい。同時に思い出すのは、「2001」ががいかに優れた映画であったかということ。キューブリックが今のCGテクノロジーを自在に駆使して映画を取ったら、いったいどうなっていただろうか。

ただひとつだけアラを述べると、169分の上映時間はちょっと長すぎる。全体に言葉による説明が冗長。エピソードを詰め込み過ぎている感もある。もうそろそろまとめに入ってほしいなあ、と思ったあたりで、映画はまだ、マシュー・マコノヒーが、半壊して墜落しかけているステーションにシャトルをドッキングさせようと奮闘中。地球に残した娘との関係にも解決ついてないのだし、どうなるんだ、スリルとサスペンスはもう充分なんだがなあと気が遠くなる(笑)

尺が長くなるのは、もともと話のスケールが実に大きいのである程度しかたないが、導入部分のインド空軍のドローンを追いかける場面とか、植民候補の異星で某大物俳優が出てくるシーケンスとか、カットしても大丈夫なシーンが多々あると思うなあ。「ダークナイト・ライジング」もそうだが、クリストファー・ノーランは映画を長く撮るのが好きなようだ。

そうそう、クライマックスで鳴り響く、「皆さん! 感動するのはここですよ!」という大音響の押し付けがましい音楽もちょっと気になる。このあたりもまあ、監督の個性というか趣味なのだろうが。

しかし払った値段分以上に十分楽しめる。美しい画面とセンス・オヴ・ワンダーに溢れた映画だった。

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