97年から書き続けたweb日記を、このたびブログに移行。
歌舞伎座 「團菊祭五月大歌舞伎」 昼の部
GW最終日の水曜は、歌舞伎座に。團菊祭五月大歌舞伎昼の部。

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夜の部と同じ列で舞台には大変に近いが今度は更に花道寄り。花道の出は迫力あるが、舞台の上手側は遠く感じるという微妙な位置。昼の部は菊之助が、女形と立役の悪人で出ずっぱりという獅子奮迅の活躍。

最初の演目は「摂州合邦辻(せっしゅうがっぽうがつじ)」

菊之助演じる玉手御前の出は、冷やかにも美しいが、冒頭老夫婦の会話からも伺い知れる通り、なにやら緊迫した異常な事態が背景で進行していることを暗示するもの。

後妻が、先妻の継子に道ならぬ恋をするという設定は歌舞伎として大変異色。戦時中は当局に検閲に引っかかって上演できなかったとはイヤホンガイドで。

怒り狂う親父を前に、平然とした玉手御前の俊徳丸への「クドキ」がなかなか圧巻。ただ場面の変化には乏しく、義太夫と台詞での説明が中心なので物語の展開がややスローな気が。親父が玉手御前を刺した処でまだ上演時間25分ほど残していたが、俊徳丸に毒を飲ませた顛末と、その真意を説明する「もどり」があるから時間を要するのであった。

後継ぎを争えば死人が出る、丸く収めるために毒薬を飲ませて、その解毒は自分の肝臓の生血がと語る、悲痛だがやはりどこか常軌を逸した女の悲しい運命を菊之助が好演している。最近立役が多いが女形をもっと追究してもよいんではないかねえ。歌六の合邦、東蔵のおとくは安定感あり。右近の浅香姫は添え物のような赤姫だが、この人はそれはそれで妙な存在感がある。巳之助の奴も印象的だった。

35分の幕間の後は、「天一坊大岡政談(てんいちぼうおおおかせいだん)」

講談にインスパイアされた大作であるが、あまり上演履歴がない。本来もっと長いものを削ってあるらしいが、場面転換は次々と早いものの、物語としては若干カタルシスと緊張に欠け、イマイチ盛り上がらない気が。

菊之助は最初の「摂州合邦辻」で主役の女形を演じた後、次の「天一坊」では偽計によって将軍のご落胤として権力を握ろうとする大悪漢を演じるのだから、結構大変だろう。

反面、海老蔵は、團菊祭公演中なのに子供と公園で遊んでいる所など呑気にブログにアップしている。なんでそんなに余裕あるのかと思ったら、「天一坊」での最初の出が2時頃。四幕目と大詰めには出ないから、3時頃には上がり。夜の「蛇柳」は自分で復活した演目で演じるのに苦労はないし、出は夕方6時15分で、50分演じたらそれで一日の公演終了。割とのんびりしているスケジュールなのだった。

團菊祭と名前がついても、團十郎亡き後ではバランスが難しい。今回は音羽屋が中心。菊五郎親爺が息子を鍛える公演という感じもあるのでは。

菊之助は、実に器用な役者だし、気品あるが、凄みのある悪党というより、本当に殿様のご落胤に見えるところがちょっと天一坊の役には向いていないか。台詞にもあるように、ご落胤に見えない悪人が、何故かご落胤の証拠を持っており、これを大岡越前がどうひっくり返すかが作劇の妙なのだが。

大岡越前守を演じる菊五郎は、網代問答でもさすがの貫禄を見せる。最後の大岡越前裁きでも実に気持ちよさそうに悪漢の正体を見破り、観客にカタルシスを与える。このあたりは上手いもんだなあ。

海老蔵演じるのは、天一坊の参謀になる悪漢、山内伊賀亮だが、凄みのある悪党としてきちんと成立している。ただ四幕目、大詰めと出演しないので、ちょっと顔だけ出して去っていったような印象。

中村米吉は冒頭でほんのちょっとしか出ないのだが、花道の出が実に綺麗。足取りがいかにも雪の道を歩いてるように、おっとり一歩一歩律儀にやっている風情が妙に印象に残った。天一坊の正体を暴くために派遣される池田大助が松緑。出番は少ないが鮮やかな印象を残す。

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