97年から書き続けたweb日記を、このたびブログに移行。
ニール・ブロムカンプ監督の新作「チャッピー」


「第9地区」、ニール・ブロムカンプ監督の新作「チャッピー」を観た。舞台は近未来の荒廃した南アメリカのヨハネスブルク。続発する犯罪に手を焼いた警察本部は治安維持のために武装アンドロイドを導入。

しかし、この警察アンドロイドの開発者が、自ら開発したAI(人工知能)を廃棄寸前のアンドロイドにインストールした事からトラブルが始まる。開発者が襲われ、まだAIがインストールされたばかりで幼児のような警察アンドロイドが、ギャングの手に落ちた事から始まるドタバタ。

ロボットが自意識を持つという設定は、スピルバーグの「A.I.」でも扱われたようにSFの古典的なアイデア。迂闊に扱うと陳腐なストーリーになるが、プロムカンプは、状況の設定と場面のディテイルを作り込むのが実に上手い。

世界有数の犯罪都市ヨハネスブルクに生きるどうしようもない麻薬売人のクズ達の手に落ち、幼児のような状態から次第に物事を学んで行くアンドロイドの描写は克明にして印象的。一味の女にも母性があり、自我の芽生え始めたロボットを子供のように可愛がるというのも妙にリアル。

ニンジャとヨーランディの犯罪者カップルは、俳優が本業ではないそうだが、なかなか印象的に成立している。

まだ何も分からない子供のごとき状態のアンドロイドが、犯罪地帯に放り出され、悪漢どもにメタメタにされるという「The first day in school」のシーケンスは、実に馬鹿馬鹿しくも純真なロボットへの深い同情を誘うもの。

ワル独特のしゃべり方やマッチョ歩き、射撃をおずおずと練習してゆくロボットは、まるでコメディ。「あいつはダッドの車を盗んだ悪い奴だ」と騙されて高級車強盗を馬鹿正直に繰り返す場面もまさに戯画的なコメディとして成立している。

そしてゲラゲラ笑いながらアンドロイドの引き起こすドタバタを追ううちに観客の胸に去来するのは、人間を人間たらしめる自我とは何か、正義とは何かという問い。そして、造物主と被造物との関係や、善と悪を巡る形而上学的な問いまでが場面の背景には映り込んでいる。この辺りは、聖書の予備知識があると無いではだいぶ印象が違うか。

チャッピーの開発者のライバルである科学者をヒュー・ジャックマンが悪役として演じるのだが、武装ロボットをある意味狂気に駆られて操る姿は「リアル・スティール」の陰画的なパロディだ。「チャッピー」は実際の俳優の演技をモーション・キャプチャーしてCGで補正したのだろうが、なかなかよく出来ている。

「第9地区」ももう一度観直すかな。


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