97年から書き続けたweb日記を、このたびブログに移行。
歌舞伎座、「七月大歌舞伎」夜の部を観た。
金曜の深夜、iPadで「チケットWeb松竹」の歌舞伎座「七月大歌舞伎」座席戻りを検索していると、発売日以降週末はずっと完売だった翌日土曜日の夜の部一等席に一席だけ戻りが。早速購入。表示はまた満席に戻った。

チケット取ったのは前日なので花篭での食事は予約していない。席は一階席の中央部分だったので、弁当持ち込むのも面倒臭い。早めに東銀座に出て、近くの長浜らーめん「やまちゃん」で腹ごしらえ。麺は硬めにしたが、バリカタでもよかったな。

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まだ時間あったので入場前に歌舞伎五階にある庭園に。歌舞伎座の屋根が見える。ここに上がったのは初めて。永谷園の広告が味わい深いなw

最初の演目は、「一谷嫩軍記(いちのたにふたばぐんき) 熊谷陣屋」

人形浄瑠璃から移された時代物の名作。主役の熊谷直実を海老蔵が初役で演じるのが話題。筋書によると、演じるにあたって吉右衛門に教えを乞うたという事らしい。

歌舞伎座、二月大歌舞伎夜の部で、この「熊谷陣屋」の前にあたる「陣門・組打」を観た。戦国の悲惨とそれに否応無しに巻き込まれざるをえない人物の悲哀と慟哭が胸を強く打つ物語であり、「熊谷陣屋」の直実の出でも既に忠義の為に子を斬った父の断腸の念が現れる。

海老蔵の熊谷直実は怪異な眼力があり、絵としてなかなか印象的に成立している。今まで観た演目では、なぜか台詞回しで急に精気が抜け空虚に空回りする時があったりしたが、今回は全般的に大変重厚できっちり型も決まり、なかなか良かった。吉右衛門直々の指導、人気時代物の主役初役、歌舞伎座でもまだ二日目とあって、全体に良い緊張感が保持出来ていたのではないか。慣れて来て舐めてやるとダメになるのかもしれないが(笑)

表現力に制約のある人形を使って演じる文楽で観ても実に面白いのであるから作品自体に名作の重厚な輝きがあり、歌舞伎で華のある役者が演じれば、それはそれでちゃんと面白いのが当たり前な気もする訳であるが。

左團次の弥陀六は手慣れた中にも存在感あり。芝雀の相模と魁春の藤の方は熊谷直実を挟んで、錯乱と絶望、そして相手への深い同情が交互に交錯する様を見事に演じている。

35分の幕間を挟んで次は「通し狂言 怪談 牡丹燈籠(かいだんぼたんどうろう)」

初代の三遊亭円朝が明治時代に作り上げた大人気の落語から、昭和49年に文学座のために書き下ろされた脚本を歌舞伎に移した演目。筋書きによると文学座では杉村春子がお峰を演じている。歌舞伎というよりも現代の演劇。

玉三郎と中車が夫婦役を演じる。演出もかねる玉三郎が、中車の演技力を活かせる役を選んでいると筋書に。俳優香川照之から市川中車を襲名したものの、歌舞伎役者としての修行経験は無く、時代物を演じるにはやはり限界があるから、先達はどうしても必要。玉三郎も元々が梨園の出ではなく若い頃は苦労したらしいから、澤瀉屋の面々や余所から歌舞伎に飛び込んで来た中車には情が移るのでは。もっとも中車は、血縁で言うなら猿翁の息子であり、血が物を言う歌舞伎の世界ではそれなりのアドバンテージあり。相撲でいえば幕下付け出し格くらいでデビューした訳であるが。

怪談ではあるが、玉三郎と中車がまるで漫才のようなコミカルなかけあいを演じる一種のコメディー風味。歌舞伎というよりも普通の演劇に近く、中車は自分の力が活かせる役できちんと健闘している。猿之助は原作者である三遊亭円朝を演じ、場面の転換に出てくる、いわば狂言回しの役。笑わせる馬鹿な馬子役に海老蔵。これは勘三郎も何度か演じた軽妙な役柄。

七月歌舞伎座は、昼夜共に海老玉猿中が出ているとはいえ、やはり昼の方が演目にバラエティあり、澤瀉屋総出演で、演者も賑やか。昼の方がずっと完売というのも分かる気がするなあ。

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