97年から書き続けたweb日記を、このたびブログに移行。
「マッドマックス 怒りのデス・ロード(MAD MAX: FURY ROAD)」を観た
6月5日の日曜、「マッドマックス 怒りのデス・ロード」を観賞。もともと前日の土曜日に行くつもりだったが、金曜の深夜に「チケットweb松竹」で歌舞伎座七月大歌舞伎の土曜夜の部に一席だけ「戻り」発見。急遽ゲットして観に行ったので、日曜に順延。

シネコン全体は随分と混んでるのだが、この映画のスクリーンは上映10分前に入場するとガラガラ。大丈夫かと思ったが上映開始が近付くにつれて続々観客が入場。しかし半分も埋まってなかったな。twitterのTLでは大人気だったのだが。



文明が崩壊した近未来社会を舞台にするのは「マッドマックス2」 同様。私自身は「2」を劇場でリアルタイムに観ているので、確かに更にパワーアップしているものの映像としてのコンセプトは目新しいものではない。しかし砂漠を爆走するカー・チェイスは圧巻。「2」の時も恐ろしく過酷な場面の連続で、スタントマンが事故で2名死んだという話があったが、目眩がするほどのスピードでローラーコースターの如く展開するアクションの連続にはやはり息を呑む。無駄な説明は無く、登場人物達の会話も必要最小限。映像だけで映画の大部分の世界観が見事に描かれている。

叩きつけるような映像の繰り返しでストーリーが展開する。プロットは単純ではあるのだが、あまりの疾走感に終了時には頭が麻痺して疲れきった感あり。しかし上映時間は2時間。3時間分くらいの情報量が2時間に詰め込まれている、一種のトリップ映画だ。ホドロフスキーは「DUNE」で「観るドラッグを作りたい」と言ったが、ある意味この映画はそれに成功している。

ただ個人的には、塩湖を超える160日の旅に出る女達とマックスが別れた所で映画が終わったほうが、叙情を残したエンディングになったのではと思うけれどね。勿論それでは分かりやすいハッピーエンドにならず、興行的には困るのだろうが、本作は、最後がちょっとご都合主義な感じも。

フュリオサ役のシャリーズ・セロンは、「モンスター」も呆気に取られたが本作も素晴らしい。マックス役のトム・ハーディーは、救えなかった者達の記憶に悩まされるトラウマ描写など、スーパーヒーローではなく、人間臭い部分が描かれてなかなか印象的。ただ、メル・ギブソンの後継マックスにしては、眼差しが優し過ぎるかな。「2」の印象的なラスト、荒野に佇むメル・ギブソンの眼は、奥深くも鋭い、まるで人間には理解できない鷹のような眼だった。

アンプと山のようなスピーカーを積んで、火炎放射するギターを弾きまくる男は、実にサイケデリックでイカれ具合が最高。その他の登場人物も実にエッジが立っている。

Immortan Joeの名前には、Immortal(不死)が投影されているが、シャリーズ・セロンの演じるFuriosaは、原題の「Fury Road」と関連がある。この物語の主人公は、フリュオサと彼女が救おうとした女達であり、マッドマックスは狂言回しに過ぎないのかもしれない。なにしろ最初の30分ばかりのマックスは、「血液袋」として車の前に縛られているだけだものなあ(笑)

IMDbのトリビア読むと、今回のマックスは前シリーズに出たブーメラン投げる野生児が成人した姿だというファンの説があるらしい。そういえば前作にも出た手回しオルゴールが映っていた。だとすると最初に名前を聞かれた時に「無い」というのは本当で、最後にフュリオサに名前を告げるのは、彼がたったひとつ覚えているあの男の名前だったという事になるのかもしれない。






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