97年から書き続けたweb日記を、このたびブログに移行。
歌舞伎座、「吉例顔見世大歌舞伎 十一世市川團十郎五十年祭」夜の部
日曜日は歌舞伎座、「吉例顔見世大歌舞伎 十一世市川團十郎五十年祭」夜の部に。次の年の興業に出演する大物役者勢揃いで、前年11月に予告として打つのを「顔見世」興業と昔から称したらしい。

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4時に到着したがまだ昼の部の観客がゾロゾロと出て来ている状態で、入場開始は4時10分くらいか。4時半開演だから結構慌ただしい。上演時間見ると昼の部の打ち出しが3時58分だから確かに4時に入場開始は無理だ。

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取った席は一階、西側桟敷席と花道の間。この辺りの席を「ドブ」と称する。なかなか言い得て妙ですなw 初日の観劇にこだわった訳ではないのだが、11月は予定が立て込んでおり一階前方に空きがあったのがこの日だけ。それがドブ席だったので、まあ仕方ない。

そういえば海老蔵「勧進帳」の時もこの辺りで観た。「勧進帳」は義経主従の花道での登場や最後の飛び六法など、「ドブ」席でもまあまあ見所あり。舞台中央にはちょっと遠いけれども。

最初は「江戸花成田面影(えどのはななりたのおもかげ)」

十一世市川團十郎五十年祭にあたり、孫である海老蔵の長男堀越勸玄が初お目見得する舞台。藤十郎、仁左衛門、菊五郎の大看板に海老蔵とも親戚である同世代の染五郎と松緑、そして成田屋一門も勢ぞろい。成田屋と関係の深い深川不動を舞台に、江戸情緒と共に成田屋の御曹司の初お目見得を賑やかに寿ぐ祝祭。

舞踊の後、仁左衛門が「そろそろ成田屋さんも来るはずだが」と言うと、堀越勸玄が海老蔵に手を引かれて花道から登場。万雷の拍手を受ける。名家に生まれた男子は、生まれた時から御曹司として歌舞伎界での将来が約束される。歌舞伎はやはり血統が物を言う特殊な世界だ。

舞台中央で海老蔵の口上の後で本人の挨拶。実際の舞台では何を言っているのか分からなかったが、後でTVのニュースで字幕見て「堀越勸玄でござります」と言っていたのだと納得。まあまだ2歳8カ月だからなあ。

大向こうの声も賑やかにかかっていた。以前よく聞いた、「にゃわや~!」と鶏を絞め殺すか細い悲鳴のようなヘナチョコ声を出す爺様が久しぶりに。最近とんと声が聞こえないのでひょっとしてと思ってたが、ご健在だったとは(笑) 他の人が掛けるタイミングだと自分の小さい声がかき消されるからか、変わった所で絞り出すような必死の声を出すのも以前のまま。声が出なくなっても大向こうを止められない。人間の老残と業というものを深く考えさせる何かがあの声にはある。大きなお世話だが(笑)

最後は観客も参加して手締めで終了。別に成田屋贔屓じゃないけれども、お目出度い門出を眼前に観た満足感あり。

20分の幕間。一階の売店で生ビール買って一杯やっていると、複数入っていたTVクルーはここで帰って行く。映像は夜のニュースと明日昼のワイドショーで使うのだろう。

「元禄忠臣蔵(げんろくちゅうしんぐら)仙石屋敷」

赤穂浪士討ち入りの一件を取材して、真山青果が昭和初期に書いた「活歴」物。最後の段である「大石最後の一日」は、以前に幸四郎で観た。

この仙石屋敷の段は、赤穂浪士達が討ち入りで本懐を遂げた後、大目付に使者を立て、自らの意志で幕府の裁きを受ける為に出頭する部分。ほとんどが会話劇なのだが詮議の質問に対して答えるうちに、討ち入りの様子と赤穂浪士の覚悟が緻密に描写されてゆくという趣向。

大石内蔵助を仁左衛門が堂々たる風格で演じる。詮議を続けるうちに赤穂浪士達の主君を思う忠義に心打たれる仙石伯耆守を梅玉。梅玉は最初の「江戸花成田面影」でも踊るし、打ち出しの「河内山」にも出演しているから大変だ。若干台詞が入ってない部分があるように見受けたが老練な台詞術で乗り切る。

屈辱を受け、吉良を切り捨てようとした主君は取り押さえられ、その刀はほんの少し届かなかった。それがどれだけ無念だった事か。その無念を我々が晴らしたのだという大石内蔵助の台詞は胸を打つ。浅野家お家断絶の後、討ち入りには参加せず離れていった家臣たちにもそれぞれの人生があったのだと振り返る部分も印象的。

息子である大石主税を演じるのは史実と同じ15歳、仁左衛門孫の千之助。難しいが未練なく立派に死ねと諭す今生の別れ。最後に花道を去る仁左衛門も威風堂々として鮮やかに成立していた。

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30分の幕間は、花篭で「秋の吹き寄せ御膳」。なかなか豪華である。

次は「歌舞伎十八番の内 勧進帳(かんじんちょう)」

昨年11月の「吉例顔見世大歌舞伎」では染五郎41歳にして初めての弁慶役に挑戦する「勧進帳」が上演されたのだがその時の富樫は親父の幸四郎、義経が叔父の吉衛門。今回は親子役柄を交換し、染五郎が富樫に回り、幸四郎が手慣れた弁慶役。義経が松緑というのがちょっと珍しいが、十一世市川團十郎の縁戚でもあり、追善にもふさわしい配役。ただやはり虚心に観ると松緑に義経の感じはしない。眼力があり過ぎ、ギラギラしているところがあるからだろうか。もっとも本物は武将であるから、ギラギラしてたかもしれない。歌舞伎「勧進帳」の義経造形がお公家さん風になり過ぎなのかもしれないが。

「元禄忠臣蔵」では仁左衛門と孫の千之介。「勧進帳」では松緑と息子の左近。幸四郎と息子の染五郎。それぞれの家の血統は複雑に絡み合っているが、高麗屋三兄弟から派生した親戚は実に数多い。歌舞伎はやはり血の承継だと感じさせる。

染五郎の富樫は実に清々しくも立派。弁慶役を経験した余裕が反映しているのではないか。幸四郎弁慶はDVDで観た事があるが生で観劇するのは初めて。安定感のある立派な弁慶であるが、鳴り物が静まった最後幕外の引っ込みでは、幸四郎の荒い息使いがはっきりと聞こえる。衣装も重かろうし踊りもあるし、やはり弁慶は大変な役だ。

天衣紛上野初花
「河内山(こうちやま)」 松江邸広間より玄関先まで

十一世市川團十郎の当り役の一つを孫の海老蔵が初役で演じる。筋書きによると、海老蔵は仁左衛門に指導受けたとのこと。

結構長く台詞劇が続くが、海老蔵の台詞は何故か素直に頭に入って来ないところあり。動きもあまりなく単調で持ち切れない感じがする。「元禄忠臣蔵」は仁左衛門の語りの魅力で最後まで引っ張るのだが。海老蔵は会話劇の部分で台詞が上滑りするので、最後のカタルシスまで弱く感じるような印象。

十一世市川團十郎が河内山宗俊を演じて高笑いする写真が筋書きにあるのだが、これが当代の海老蔵にそっくり。花道を去る堂々たる姿は、悪漢の魅力に満ちて大変に見栄えがするのではあるが。

打ち出しは9時過ぎ。夜の部は演目があれこれあって面白かったが、日曜の夜に打ち出しが9時過ぎるとちょっと長くかかり過ぎる気もする。



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