97年から書き続けたweb日記を、このたびブログに移行。
歌舞伎座「壽初春大歌舞伎」昼の部で観劇始め
土曜日は、本年の歌舞伎観劇始めに歌舞伎座昼の部に。結構団体が入っている。このところだいぶ前の列多し。まあこれはこれで見やすくてよいのだけれども。

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昼の演目は4本。最初は、「廓三番叟(くるわさんばそう)」。能の「式三番叟」を廓バージョンにしており、あちこちにオリジナルへのオマージュとパロディがあるとイヤホンガイドで。しかし流石にオリジナルを知らないと判別できないな(笑)

孝太郎が登場した最初の瞬間は脳裏に「ぶらり途中下車の旅」がよぎるのだが(笑)しかし舞踊が始まると、そこには吉原一の傾城、千歳太夫が現出するのが歌舞伎と芸の不思議。種之助も印象的。ただ染五郎は不思議に印象薄かった。

二番目は、「義経千本桜(よしつねせんぼんざくら)鳥居前」。人形浄瑠璃から移された歌舞伎三大名作の一つ。今回は二段目のみの上演。

題名に義経とあっても実はあまり義経が活躍しない演目ではあるが、門之助の源義経は気品高く成立。橋之助は佐藤忠信実は源九郎狐を隈取も印象的な荒事で演じるのだが、顔がなにしろ大きいから見栄えがする。彌十郎の武蔵坊弁慶も見所あり。先月の児太郎は昼夜ともに印象的だったが、今回の静御前はどこか存在感が薄い。幕外の引っ込みから、狐手で花道を去る狐六法はなかなか面白かった。

ここで昼の幕間。しかし最初の二本には、まったく大向こうの声無し。なかなか珍しい。所作事は別として「義経千本桜」など大向うがかかりそうなもんだが、会の連中が居なかったのだろうか。大向うもある意味歌舞伎の華。木戸御免なんだから、もっと頑張ってもらいたいが。

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三階の「花篭」で「初春御膳」。鯛の昆布〆、海老、くわい、いくら、なます、黒豆などお節風味。なかなか豪華だがこのところ酒が続いており、飲み疲れ、食べ疲れで箸はあまり進まなかった。

幕間の後は、「梶原平三誉石切(かじわらへいぞうほまれのいしきり) 鶴ヶ岡八幡社頭の場」。吉右衛門の当たり役。春風駘蕩を思わせるゆったりした梶原平三景時。最後の「石切」も格好良く決まる。

歌六のオヤジは巧いもんである。芝雀もあまり艶は無いもののその心情がきちんと伝わる。試し切りされる剣菱呑助は男女蔵が演じて酒づくしの台詞で場内の笑いを誘うのだが、あれはあれでやはりおいしい役なんだろうなあ。

この演目から大向こうが出勤してきたからか、声がかかるように。大向うでいまだに不思議なのは、この日に限らず、いつでも「おた~や~」としか声を掛けないオヤジがいるように思えるところ。私の耳が悪いのかな。最後の演目「茨木」でも、確かに松緑は出ている。しかし玉三郎が花道で見得を切った時に「おた~や~」と聞こえるのだけども。私が聞き違えているのだろうか。

最後は「茨木(いばらき)」。新古演劇十種。羅生門で腕を切り落とされた鬼が老婆に化けて腕を取り戻しに来る物語。

渡辺源次綱を松緑が。その伯母真柴に化けた茨木童子を玉三郎が演じる。能面のような表情で現れる玉三郎は幽鬼の如き不気味さ。あそこまで不気味だと渡辺源次綱もさすがに不審に感じるのではとも思うが、後半の鬼との対比が印象的。松緑は役に似合っているが、若干印象薄いか。

真柴が腕を奪って去ってから、鴈治郎と門之助が士卒役で出て来て軽妙な掛け合いで客席を沸かせる。鬼の扮装へ着替える時間を稼ぐ一種のインターバル。鬼となって花道を去る玉三郎は実に不気味に成立していた。


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