97年から書き続けたweb日記を、このたびブログに移行。
「壽初春大歌舞伎」夜の部を観た。
先週土曜日は歌舞伎座で「壽初春大歌舞伎」夜の部。大相撲本場所中に歌舞伎座夜の部を観に行くと相撲がリアルタイムで観れないのだが、そもそも勤め人であるからして土日しか休みないし、興業日程もほぼ重なってるから、相撲のある奇数月は止むを得ないのだよなあ。

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前回昼の部は、最初の2演目終わるまで大向こう不在という異常事態だったが、今回は今日は初っ端から大勢大向こうがいた。鶏が絞め殺される必死なヘナチョコ声を出す爺様も。しばらく聞かなかったが、ちゃんと生きておったか(笑)

座席は前回同様4列目。しかし前にやたらに座高が高く、頭も大きいデブ男がおり、何故か10秒ごとに大きな頭を左に右に大きく傾けるのには往生したが、こればかりはコントロール不能なので仕方が無い。演目そのものは面白かった。

夜の部の演目は4本。最初は「猩々(しょうじょう)」

能由来の舞踊。いくらでも酒が飲めるなんて羨ましいな(笑) 新年にふさわしい目出度い踊り。松緑は隈取のある荒事の顔は実に凛々しくて良いのだが、白塗りの顔はちょっとアレな気がする。所作事はよく分からないが、梅玉が踊ると何故か新年の目出度い感じがするのも不思議。

次は、秀山十種の内 「二条城の清正(にじょうじょうのきよまさ)」。二条城大広間の場と淀川御座船の場。

「二条城の清正」は初代吉右衛門に当て書きされた、昭和初期の新歌舞伎。初代吉右衛門の孫である幸四郎が清正を演じ、その幸四郎の孫の金太郎が豊臣秀頼を演じるのも歌舞伎の歴史を感じさせる。左團次の家康は老獪かつ戦国を生きる武将の器の大きさを感じさせてなかなか印象的。金太郎も10歳とは思えないほどしっかりと台詞の多い役をこなしている。彌十郎もよかった。

清正の忠義は心を打つし緊張感もあり、実に分かりやすいお話ではあるのだが、演出がやはり古色蒼然として、台詞も長々として劇が若干間延びする感あり。新歌舞伎よりも、むしろ古典的な江戸時代の作品の方が長年に演出が練りに練られており、現代でも通じる気がするなあ。

幕間を挟んで玩辞楼十二曲の内 「廓文章(くるわぶんしょう)」、いわゆる「吉田屋」

「廓文章」は歌舞伎座での襲名披露公演でも見た。襲名した新ガンジロはんが、気持ちよさそうにタップリと、ネチネチ、ウジウジ、スネスネと、廓通いで身上を傾け勘当された若旦那を演じる。このウジウジ、スネスネも一種、上方和事の味だそうだが、ホンマかいな(笑) 個人的にはあんまり好きではないかな。

もっとも、襲名興行の時の夕霧は親父の人間国宝藤十郎で、これは天然記念物を見るような趣だったが、今回の玉三郎はキチンと廓の傾城として華やかに美しく成立している。日常世界とはかけ離れた豪華で眩いばかりの廓、その正月が実に美しい。金があってそこに美しい傾城がいたら、それは身上潰すほど放蕩しますわな(笑)当時の観客のある意味夢を投影した舞台なのだ。

夜の部、切りは「暮夜入谷畦道(ゆきのゆうべいりやのあぜみち)」いわゆる「直侍」。これも「吉田屋」同様男女の恋模様だが、こちらは江戸風味。

雪が降り、深々と冷える江戸入谷の寂しい情緒。昔は今よりも確かにずっと寒かったろう。染五郎は粋で色気があって凄みもある小悪党を印象的に演じる。江戸の悪党というと、髪結新三もそうだなあ。実際に舞台で蕎麦をたぐる演出もなかなか珍しい。雪が降った今日に観劇した人なら帰りに蕎麦屋に寄りたくなったのでは。まあ、歌舞伎座夜の部帰りに寄れる真っ当な蕎麦屋もあまり無いが。

中盤での花道の出、傘から前後に振りまく紙吹雪の演出も実に美しい。随所に江戸の粋が散りばめられている。


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