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歌舞伎座「二月大歌舞伎」夜の部を観た
土曜日は、歌舞伎座「二月大歌舞伎」夜の部。

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一階席前方であったが、この日は運良く前列の前3人に座高の高い人がまったくおらず、実に平安に舞台を見渡せる。時折、信じられないくらい座高が高く頭が大きい人がいるからなあ。まあそれを責める訳にもゆかないが。

最初の演目は、「ひらかな盛衰記 源太勘當」。昨年八月の歌舞伎座納涼歌舞伎で、同じ狂言の「逆艪」の段が出た。題名のせいでもあるまいが、客席で船を漕ぐ観客が続出(笑)もともと動きに乏しくカタルシスに欠ける狂言という印象。

勿論、贔屓の役者が出演しているのを観に行くのなら十分楽しめるし、それもまた歌舞伎観劇の王道。しかし、歌舞伎を知らぬ者に「これぞ歌舞伎だ」という演目を見せようと言う時に、この演目は上がらないだろう。むしろ下から数えたほうがよい位の順位では。まあ、人形浄瑠璃から移されたからといって全てが古今の名作ではない。

もっとも、梅玉は気品高い武者として成立しているし、秀太郎も武家の奥方の貫禄と母親としての情をきちんと見せる。錦之助と孝太郎も良いと思うけれども、ストーリーに魅力がなあ。

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30分の幕間は鳳凰で定番の「ほうおう膳」を頼んで一杯。季節折々の特別膳も良いが、「ほうおう膳」も内容が安定していて悪くない。まあ弁当としての限界もあるけれど。時間の成約あり、のんびりとは出来ないが、途中で一杯やるのも観劇の楽しみ。

次の演目は劇評でも評判であった「籠釣瓶花街酔醒(かごつるべさとのえいざめ)」
 
幕の時間に劇場内は真っ暗に。そして一気に輝かしい照明が点くと、そこはもう目も眩むような桜満開で、夢幻のような吉原遊郭という演出がよい。吉原遊郭の桜は、毎年盛りの時期に全て植え替えて居た贅沢なものだったと読んだが、異次元の豪奢を尽くした、日常とは違う遊びの為の特別な空間。

真面目な商売人で金もあるが、痘痕面で田舎者の次郎左衛門が、まるで目眩がするように豪華な吉原と花魁道中に魂を奪われる様が実に印象的。悪所らしく、客を騙す悪い客引きが登場したり、「あんたのような格好では吉原では到底遊べないよ」と親切に諭す立花屋もリアルだ。

「見染の場」、菊之助の八ツ橋は、豪華絢爛たる花魁道中の真ん中にあって怜悧で冷たい美を見せるが、花道で突然に立ち止まり、妖艶に身体をくねらせて吉右衛門次郎左衛門に見返って微笑む。息を呑む「ファム・ファタール」魔性の笑み。菊之助は艶やかで神秘的に美しい。お上りさんの田舎者がテキメンに心奪われる様を吉右衛門は丹念に描いている。

遊びを知らなかった田舎者とはいえ、次郎左衛門は真面目な商人でお大尽。良い客として吉原遊郭に通い詰めるようになり八ツ橋に入れ揚げて行く。歌舞伎には、花魁に振られる「縁切り」物のバリエーションが多々あって、以前吉右衛門がその狂気を凄みある演技で見せた「名月八幡祭」が脳裏に浮かぶ。

彌十郎演じる釣鐘権八の憎々しげなロクデナシぶりがリアルでよろしい。八ツ橋の間夫、菊五郎演じる栄之丞は、決して悪人ではないのだが、二枚目で花魁に食わしてもらっているヒモでこちらもマトモな人間ではない。権八に八ツ橋が裏切ろうとしていると讒言されて遊郭に出向き、八ツ橋を詰問する。

八ツ橋にとってもどちらを騙そうとしたのではなく、深く考えることなく、身請けの話が進んでいたに過ぎない。花魁として派手な暮らしをしてはいても、所詮廓の中に囲われ、客を取らねばならない女郎であって、それはやはり苦界ではある。たとえ嫌いな男であっても身請けしてもらったほうが合理的な判断と思えるが、間夫に起請を返すとまで詰問されると、八ツ橋は、女郎としての境遇のまま間夫との恋に生きる哀しい決断をする。この菊之助は素晴らしく印象的。「助六」の揚巻が言う「間夫がなければ女郎は闇」が思い出される。綺羅びやかな廓の裏に広がる暗く深い闇と、そこで女郎がすがらざるを得ないほんの一筋の光。

吉原一の花魁の身請けを自慢しようと知り合いまで連れて吉原に乗り込んできた次郎左衛門と八ツ橋が対峙する「縁切りの場」。

八ツ橋を演じる菊之助には、既に苦界に生き続けることを決心した断固として凛々しい凄みあり。そこにはもう次郎左衛門の情は届かない。

間夫との恋を選んだ花魁に、身請けを決める日の万座の中でガチに振られるというのは、男からすると歓喜からどん底へと突き落とされるとんでもない落差の悲劇。吉右衛門は次郎左衛門の絶望を迫真に描き、絞りだすように語る「花魁、そりゃあんまりそでなかろうぜ」では場内が静まり返った。

八ツ橋の突然の変心に、廓の座敷に同席した女将や女郎、幇間など関係者全員が諌める場面も印象的。次郎左衛門がいかに遊び場で好かれた遊びっぷりのよい常連だったか、身請けが八ツ橋にとって良い話だったかを暗示して、この陥穽と悲劇の闇を際立たせる。旦那思いの治六も、絶望の縁の次郎左衛門に優しく気を配る九重も良い。芝居として筋がよく出来ており、そして今回上演でも脇に芸達者な役者が揃っている。

そして大詰めの「立花屋二階の場」。「また初会の客として遊んでくださいよ」という粋な態度で人払いをした後、八ツ橋に来訪の真意を打ち明ける地獄の底から聞こえるような声。「籠釣瓶は切れるなあ」と語り、ロウソクの火に刀身を照らしながら、魅入られたように妖刀を見つめる吉右衛門の狂気は凄まじかった。実に良いものを観せてもらった。今月の公演は二月だからか、結構空席あり。機会があればもう一度観るかな。巻き添えで斬られる廓の女中は以前、小山三が得意にしていた役とのこと。ほお。

最後の演目は「浜松風恋歌(はままつかぜこいのよみびと)」。時蔵と松緑掛け合いの所作事。花道から出る松緑は隈取にも迫力あるが、カラーコンタクト使ってるのかのように、えらく青い眼に見えてビックリ。もともと見開いた白眼が目立つ役者だが、その白眼が青味がかっている。あるいは目の周りに青を入れてるからか。化粧はした事ないからよく分からんねえ(笑)

「籠釣瓶」だけでも十二分に観る価値があった夜の部であった。

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2016/02/14(日) 15:31:50 | | #[ 編集]
どうもありがとうございます。本年もよろしくお願い致します。
2016/02/14(日) 20:35:57 | URL | Y. Horiucci #-[ 編集]
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