97年から書き続けたweb日記を、このたびブログに移行。
「三月大歌舞伎 中村芝雀改め五代目中村雀右衛門襲名披露」を観た。
土曜の夜は、歌舞伎座で「三月大歌舞伎 中村芝雀改め五代目中村雀右衛門襲名披露」を観た。

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最初は「双蝶々曲輪日記(ふたつちょうちょうくるわにっき) 角力場」。これは去年の平成中村座で彌十郎、獅童のコンビで観た。舞台は大阪の勧進相撲という設定だが、大相撲と歌舞伎には、用語や道具や興行の制度など、江戸の昔からあれこれ共通点があって興味深い。初日や千秋楽、打ち出し等という興行用語、相撲字と歌舞伎文字も似ている。拍子木の使用も共通。江戸の風情を今に残している部分が双方にあるのだった。

橋之助の濡髪長五郎は、放駒の菊之助と並んでも驚くほど大きいが、分厚い襦袢に高い下駄履き、床几に腰掛ける時には黒子が素早く高い台を尻の下に引く等、歌舞伎独特の舞台演出が効いている。しかし、演技も悠々たる分厚い大きさあり。

菊之助は昼の部、「女戻駕」に出て、「鎌倉三代記」に親父菊五郎の代演をして、夜のこの「角力場」では、つっころばし山崎屋与五郎と素人力士放駒長吉の二役と、なかなか大変なお勤め。まあ、親父の急病は仕方ないけれども。

山崎屋与五郎は、「じゃらじゃらした関西のつっころばし」と常に解説されるが、江戸時代の関西人の若旦那というのは本当にこんなもんだったのかね。勿論、大阪竹本座で上演された人形浄瑠璃から移された演目なのだから、関西直系の人物造形。まあ「河庄」の鴈治郎はんも、ネチネチ、スネスネ、グチグチやって、あれが上方和事の味と言われてますからなあ。

そして、「五代目中村雀右衛門襲名披露 口上(こうじょう)」

笑いを誘う寸劇などはなく、襲名記念の幕が開くと一列に錚々たる重鎮の幹部俳優、親戚の幹部俳優が着座しており、一人一人お祝いを述べる。所々で笑いを取るくすぐりも混ざるけれども、基本的には大変真面目な挨拶が大半。人が語る人物像こそがその人の真の姿だというが、芝雀の控え目ながら芸に打ち込む真摯な性格が、列席幹部の挨拶からじんわりと伝わってくる心温まるもの。舞台観ていても感じるが、真面目な人なんだなあ。

我當さんは後ろにずっと後見が付いていたが、きちんと挨拶を。ヨロヨロでもお祝いの席には列席する、役者としての性根と心意気は祝われる方にとっては嬉しいものだろう。

ここで昼の幕間。三階花篭、「襲名御膳」なるもので一杯。揚げ物は冷えてるなど弁当としての制約あるものの、それなりに整っており結構でござった(笑)

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そして襲名披露演目、「祇園祭礼信仰記(ぎおんさいれいしんこうき) 金閣寺」

歌舞伎「三姫」のひとつ「雪姫」を新雀右衛門が演じる。

「金閣寺」は、これまた昨年の平成中村座でも見たが、今回は襲名披露とあり幹部俳優多数出演の重厚な配役。幸四郎演じる松永大膳は、国崩しの怪異な迫力あり。仁左衛門の此下東吉、藤十郎の慶寿院尼、歌六の十河軍平実は佐藤正清、梅玉の狩野之介直信と実に豪華な布陣。金閣寺に満開の桜が豪華に散り、新雀右衛門の襲名を寿ぐにふさわしい華麗な舞台。

新雀右衛門は、芝雀時代と同様、実に真面目に繊細かつ丹念な演技。ただ、よい女方と思うけれど、華や艶はあんまり感じないかな。傾城の大夫花魁役には似合わない。三姫も午前の「鎌倉三代記」の時姫は還暦にして初役だと言う。親父の雀右衛門は女方は還暦過ぎてからだと言ってたとインタビューでもあったのだが、年取ってから良くなる部分も悪くなる部分も共にあるだろう。歌舞伎界全体の女方払底の影響が現れているような話。個人的にはこの人は真面目で端正な芸が感じられて好きだけれど。

最後は軽い舞踊、「関三奴」

勘九郎は一所懸命に迫力あり。松緑は三枚目で軽妙に。鴈治郎が、あの体型であんなに動けるとは知らなかった。役者は舞踊をしっかり稽古してフィットしてるんですな。


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