97年から書き続けたweb日記を、このたびブログに移行。
歌舞伎座七月大歌舞伎、昼夜の部を観た
7月の9日に夜の部、10日に昼の部と歌舞伎座七月大歌舞伎を観た。

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しかし10日から、大相撲の名古屋場所も始まり、中日の名古屋遠征もあったりして、歌舞伎日記更新がすっかり遅れてしまった。だいぶ忘れた部分もあるような。これでは備忘録にならんな(笑)

公演は、澤瀉屋と成田屋のタッグ。海老蔵と猿之助が交代に主演して「大歌舞伎」というのは、やはり歌舞伎にも世代交代の波が来ている事を感じさせる。まあ若いとはいえ一門を率いる総帥二人が座頭だから、大歌舞伎といっても一応はおかしくなかろう。しかし、音羽屋、播磨屋、高麗屋などの総帥、今の大幹部連はほとんど70代。この世代がバタバタ逝ったらどうなるのか。もっとも歌舞伎は何度もそんな世代交代の危機を乗り越えてきたと聞くけれど。

夜の部、最初は、「江戸絵両国八景 荒川の佐吉」。先代猿之助の当たり役なのだとか。真山青果作。 新作歌舞伎の世話物。

猿之助はやくざにあこがれる三下奴の佐吉としてまず軽妙に登場。大工辰五郎は、最後まで佐吉とからむ役だが、弟分のような子分のような微妙な役の肌合いは、巳之助によく合っている。

切られて落ちぶれた鍾馗の仁兵衛を猿弥。恰幅良く大親分の風格があるが、逆に恰幅良すぎて落ちぶれた後の悲哀があんまり感じられないか。

海老蔵の成川郷右衛門は序幕の薄情な登場も、お八重の恋人を一刀のもとに切り捨てる凄みも印象的。ただ、最終的には悪役として猿之助に斬られてしまう。脇に回った悪役というのもちょっと珍しいが、海老蔵の成川郷右衛門で「荒川の佐吉」をやりたいと猿之助に頼まれたのだそうである。

手塩にかけて育てた盲目の子供を返してやってくれと恩義ある親分に頼まれ、反発するも子供の将来を考えて受容する心理のやりとりの中に己の運命を悟り、全てを捨てて旅に出る決心をする佐吉は大変に印象的。

まだ暗い早朝から段々と明るくなると、そこは一面の桜、隅田川土手。そこを背景に、もう二度と帰らぬと佐吉が江戸を立つ大詰めの場。幸せに敢えて背を向ける男の一本気な決意が胸を打つ。猿之助は素晴らしかった。世話物であるから、中車の演技も生き生きとしている。休憩無しの2時間。

二番目の演目は、「壽三升景清 歌舞伎十八番の内 鎌髭(かまひげ)と 景清(かげきよ)」

台本が散逸して残っていない歌舞伎十八番を海老蔵が成田屋家の芸として再構成。オリジナルが無いだけに、「助六」や「暫」の「これが歌舞伎十八番だ」という大らかな面白い場面だけを参考に作ってあるので、全編に渡って、あれ、これはどこかで観たようなと感じるものの、総集編を観ているようで妙に面白い。

澤瀉屋でコミカルな役というと猿弥担当だと思っていたが、市川右近も軽妙な、なまず入道役で、「ホワイ、ジャパニーズ・ピーポー」やら「厳正なる第三者の」とか時事ネタのくすぐりを入れて客席を大いに沸かせる。幕外の引っ込みでは、海老蔵が来春の右近の襲名を話題に出して楽屋落ちでイジる部分なども笑わせた。

最後の大詰めでは、背景に巨大な海老の張りぼてが出てくる派手な演出。津軽三味線の嵐が吹き荒れる。大海老の上で、これでもかとばかり海老蔵が睨み、大見得を何度も何度も切る。海老蔵見物のお客も多いようで、場内は大喝采。幕の内弁当のようにあれこれ詰め合わせてあって、随分お得な成田屋の一幕といった気がした。

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幕間では涼夏御前。

日曜日は昼の部に。

最初は宇野信夫 作・演出の新歌舞伎、「柳影澤蛍火(やなぎかげさわのほたるび) 柳澤騒動」

お犬様 徳川綱吉の時代、貧乏浪人から策謀で老中にまで成り上がった柳澤吉保の生涯を描く。史実とはかなり違う演劇的な脚色がほどこされているものの、柳澤吉保は実在の人。文京区の六義園はこの人が趣味を凝らして作った庭園なのだそうである。一度行ったことがあるが、壮大な日本庭園で、大変な栄華が感じられた。

あばら屋に住む貧乏浪人が出世を願い、将軍の生母桂昌院に取り入り、武家の風習として衆道好みであった将軍綱吉に自分の許嫁を差し出して側室とし、正室追い落としなどの策謀を巡らせて、次々に出世してゆく。所謂、江戸時代のピカレスク・ロマンであるが、海老蔵がこの柳澤吉保の成り上がり過程を、黒光りする悪の凄みと共に印象的に見せている。

おさめの方尾上右近は、吉保をひたすら愛した貧乏だった頃の純情と、吉保に言い含められて将軍のお手付きとなってから、将軍を欺いて吉保と密会するようになる悪女の姿の両方に実感があり、なかなか印象的に成立している。

猿之助演じる護持院は、眼光鋭く、いかにも怪僧、悪坊主といった風情が登場の時から漂って、海老蔵と桂昌院の寵愛を巡って凌ぎを削る印象に残る怪演。東蔵演じる桂昌院もさすがに重厚な貫禄あり。

気楽に観ていて実に面白いが、ただ終盤に柳澤吉保が、あれよあれよという間に破綻してゆく場面は、脚本のせいもあるだろうが、どうも唐突で脈絡がなかったように思うのだが。

せまじきものは宮仕えなどともいうが、あそこまで出世に対する執着を見せつけられると、サラリーマンとしてはちょっと辟易。しかし、あの壮大な六義園の土地を賜り、粋を凝らした造園ができる財が形成できるのだったら、それは出世に執着するなあとも思うのであった(笑)

切の演目は夏らしい舞踊劇「流星」

尾上右近の織姫、巳之助の牽牛が、まるで宝塚のようにセリ上がった派手な舞台から階段を下りてくるように登場。

4つの面を次々と早替えで演じ分ける猿之助の舞踊はキレがよい。最後の宙乗りのための装具を着物の下に装着しているはずだが、えらいもんだね。

最後は猿之助が、時折空中を平泳ぎするような動作も見せて機嫌よく宙乗り。観客席は割れんばかりの拍手で大盛り上がり。宙乗りという得意技があるというのは歌舞伎役者として大きなアドバンテージですな。

昼の部も夜の部も、海老蔵、猿之助がほぼ出ずっぱりで奮闘する、なかなか面白い七月歌舞伎であった。

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