97年から書き続けたweb日記を、このたびブログに移行。
歌舞伎座「十二月大歌舞伎」第二部を観た。
先週、日曜の午後は歌舞伎座の「十二月大歌舞伎」第二部に。

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12月は、国立劇場も京都南座顔見世興行もあって、大幹部はあちこち分散。歌舞伎座は三部制。第一部は獅童の新作歌舞伎、第二部は中村屋兄弟に松也、中車が同座。第三部は玉三郎と中村屋。花形中心の座組なるものの、演目はバラエティに富んでいる。

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第二部は、開演が3時、終演が5時37分。途中25分の幕間なるも食堂の営業は無しと、時間が短くて良い。実は最初に第一部と第三部だけ取って第二部を忘れていたのだが、戻りで一階を押さえたのでとりあえず最初に見物。

「吹雪峠(ふぶきとうげ)」は宇野信夫の新歌舞伎。石川耕士と共に玉三郎が演出に名を連ねる。

美しい様式的な吹雪の中、峠越えの最中に思わぬ吹雪に遭遇し、かろうじて人の居ない山小屋に辿り着いた夫婦者。実は道ならぬ恋に落ちて駆け落ちしたやくざの女房とそのやくざの弟分。演じるのは七之助と松也。

この二人が辿り着いた山小屋に、彼らが裏切ったそのやくざの兄貴が何たる偶然か同様に吹雪を避けて転がり込んでくるという極限状態。

掛け落ちした二人が密室の極限状態で裏切った相手に遭うという心理劇。中車が演じる兄貴分直吉は、裏切った女房を思い切ったとの述懐から、いや、本心ではやはり二人を生かしてはおけぬと、憤激に変わる展開がさすがに芸達者でリアル。

愛し合ったお互いが死を前にして互いに裏切るというのは、ちょっとジョージ・オーウェルの「1984」を思い出すエピソード。「1984」~そう、なんて哀しい再会で以前書いたが、体制に反抗して秘密裏に愛し合った男女が思想警察に逮捕され、お互いを裏切るまで拷問を受ける。実に哀しい話。

しかしこの新歌舞伎では、お互いに裏切り合うあさましい姿を見て、耐えきれなくなって雪の中に掛けだしてゆくのは裏切られた兄貴の直吉。シノプシス自体は、さもありなんという納得の行くものだけれども、実際の舞台では、おえんと助蔵二人の仲違いが若干唐突な気が。カタルシスを持って見せるには、やはり30分程度では芝居の尺が短すぎるのかもしれない。

25分の幕間を挟んで「菅原伝授手習鑑(すがわらでんじゅてならいかがみ) 寺子屋」。今回は「寺入りよりいろは送りまで」

勘九郎が初役で松王丸。松也の武部源蔵、梅枝の戸浪、七之助の千代と若手花形中心の座組みながら、今まで観た「寺子屋」の中でも、大変輪郭がスッキリして物語として分かりやすい出来。勘九郎の松王丸が、なかなか大きく印象的に成立しているからかもしれない。

「寺子屋」の涎くり与太郎は若手にとって三枚目の大役だが、「寺入り」から出ると、千代が連れてきた下男との掛け合いで「オウム」の場があって更に「美味しい」役。弘太郎が好演。

寺入りからだと、七之助の千代の実子を思う心情が印象的に描かれる場面があり、これもよかった。松也はなんというか、全体に平板で普通な気がしたけれども。ファンが聞くと怒られるかもしれないが、そういえば、今まであまり松也で感心した事ないなあ(笑)

いろは送りで、「たっぷりとお願いします」と大向こうを掛けた輩がいた。「たっぷり」というのは、そもそもが勘違いな大向こうだと何処かで読んだ記憶があるけれども、上演中に携帯鳴らす客や、一階席前方で大向うかける客と同様に、気にしない客はまったく気にしないのだなあ。

大向こうというと、「鶏爺さん」は、「吹雪峠」の時は何故かやたらに声が聞こえたが、「寺子屋」の時は気付かなかった。退勤時間が早かったのか。

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打ち出しの後、銀座松屋「宮川本廛」で一杯飲んで鰻を食する。話から察すると、お隣の客も歌舞伎座帰りだったようだ。三部制は拘束時間が短く済んで結構よい面あり。ただ、三部全部見ると普通の月より高い計算になって、松竹にやられたという感じがするのだけれども(笑) 





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