97年から書き続けたweb日記を、このたびブログに移行。
歌舞伎座、「猿若祭二月大歌舞伎」昼の部を観た
江戸歌舞伎390年を記念する歌舞伎座、「猿若祭二月大歌舞伎」昼の部に。

20170212125440f28.jpg 20170212125504690.jpg

歌舞伎そのものは、京の河原で出雲の阿国が始めた「歌舞伎おどり」が原型というのは良く知られた話。江戸歌舞伎は、初代猿若勘三郎が390年前に京から江戸に下り、官許を得て今の京橋辺りに「猿若座」を常設歌舞伎小屋として開設したのが始まりだとか。

猿若勘三郎が中村勘三郎の初代だが、血統は明治になって断絶して松竹創業者の預かりとなっており、これを時を経て襲名したのが十七世中村勘三郎。新歌舞伎座開場前に早世した十八世勘三郎を経て、中村屋の当代は勘九郎、七之助の兄弟。猿若祭は夜の部に勘九郎子息の初舞台もあり、昼の部も勘九郎、七之助が大活躍。

最初の演目は、「猿若江戸の初櫓(さるわかえどのはつやぐら)」

30年前の「猿若祭」が初演の舞踊劇。出雲の阿国と猿若勘三郎が一緒に江戸に下ってくるというフィクションを導入部に、猿若が官許を得て猿若座を設立するまでを華やかな舞踊と共に見せる。猿若は勘九郎が軽妙に、出雲の阿国は艶やかに七之助が演じ、彌十郎、鴈治郎が脇を固める。華やかかつ目出度く踊る江戸の風情が印象的。歌舞伎はやはり相撲と共に江戸の華ですな(笑)

20分の幕間を挟み、「大商蛭子島(おおあきないひるがこじま)」

歌舞伎が大いに発展した江戸天明期に江戸中村座で初演された演目で、長く埋もれていたが昭和37年に復活。しかしその後、昭和44年に初演と同じく二世松緑主演で再演されて以来上演が途絶えていたという珍しい演目。

頼朝が伊豆に蟄居して、手習いの師匠となり、しかも好色で習いに来る娘達に、妻の門前でもエロエロなちょっかいを出すというのが江戸の大らかな風情を感じさせて面白いが、歌舞伎お馴染みの「実は」の設定が、入り組んでしかも荒唐無稽な気がして、これが継続して上演されなかった一因でもあるのでは。しかし、髑髏や女房おふじの燃え上がる嫉妬の演出には奇妙なオカルト色もあり、なかなか興味深い。

当代松緑が、正木幸左衛門実は源頼朝を好演。好色な手習い師匠が、実は源氏の総大将であり、決起する覚悟をする最後の場面まで、なかなか印象的に成立している。勘九郎が地獄谷の清左衛門実は文覚上人、七之助が、おます実は政子を演じる。

嫉妬する古女房おふじは、時蔵が熟練の技で演じるが、糟糠の妻の門前で(源氏挙兵の為に北条氏の力を得なければいけないとはいえ)政子と祝言し、初枕を交わすために寝室に入る頼朝はとんでもないな(笑) まあ、これはこれで当時の観客は喜んだのだろうが。

しかし、なんだかんだあっても、最後は賑やかに頼朝挙兵となり、目出度し目出度しで幕というのが、おおらかな天明歌舞伎の趣。

20170212125535a74.jpg

30分の幕間に花篭で「猿若祭御膳」で一杯。

次の演目は、「四千両小判梅葉(しせんりょうこばんのうめのは)」。河竹黙阿弥が盗賊を描いた「白波物」。菊五郎が江戸城の御金蔵を襲う盗賊、野州無宿富蔵、梅玉が同じく盗みに加担する藤岡藤十郎。その他、菊五郎一座が出演する気楽な世話物。左團次が牢名主松島奥五郎を演じる江戸時代の牢屋風情は、黙阿弥が色々取材して盛り込んだらしいが、珍しくも実感があって面白かった。一種のピカレスク・ロマンだが、日常から離れた悪漢を描く物語は、古今東西を問わず、一種の「Sence of wonder」を刺激する。

最後の「扇獅子(おうぎじし)」は、石橋の舞台を江戸に移した清元舞踊。江戸の風情を背景に、鳶頭と芸者が機嫌よく踊る舞踊というのはあれこれあるが、どれも賑やかで切りにはよい。華やかに打出し。


関連記事
スポンサーサイト
コメント
この記事へのコメント
コメントを投稿する
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可する
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL
この記事へのトラックバック