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97年から書き続けたweb日記を、このたびブログに移行。
歌舞伎座、八月納涼歌舞伎第二部
夏休み後半戦は、歌舞伎座三連投。一日中歌舞伎座というのは大変なので3日に分けたのだが三部制だから、2日に分ける程度でもよかったか。何度も出かけて来なければならないので帰って手間な気も。

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場内には一階の桟敷席や後方にカメラが入り、舞台の全面にはマイクが。公演を記録しているようだ。シネマ歌舞伎かな。

最初の演目は、初世坂東好太郎三十七回忌、二世坂東吉弥十三回忌 追善狂言。歌舞伎は初心者なのでこの二人は全然知らないのだが、好太郎の三男であり吉弥の弟である彌十郎が主役の夜叉王を務める「修禅寺物語(しゅぜんじものがたり)」。彌十郎の息子である新悟がその娘楓役。猿之助が姉娘の桂、勘九郎が源頼家を付き合う。

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彌十郎の夜叉王は天才面打ち。貫禄もあって主役として立派に成立している。夜叉王が源頼家に頼まれた面をなかなか渡さないのは、死相が出て不吉だからではない。生きた顔の面にならないのが芸術家として不満だから。彼は家来ではないし、頼家に忠誠心など最初から持ち合わせてもいない。頼家の死を聞いた時、自分の面打ちの技は相手の運命までも移し取っていたのだと豪語する夜叉王は、芸術家の狂気を感じさせて印象的な場面。ただ、狂気の表現は若干薄いか。中車の時もそうだったが、娘の断末魔を写させてくれと言う場面で客席の所々で笑いが起こる。本当は笑える場面ではないのだが、役者にとってはなかなか難しいしどころでもあるのだろう。

猿之助は、気位が高く高貴な者の寵愛を得る事を望む姉娘の桂をキリリと演じて見事に成立している。高貴な者の寵愛を得た上は、敢然とその者の身代わりとなって面をつけて敵をひきつけて死に至る傷を追う。勘九郎はいささか茫洋として輪郭がはっきりしない感あり。

25分の幕間の後は「東海道中膝栗毛 歌舞伎座捕物帖(こびきちょうなぞときばなし)」

昨年の弥次喜多同様、猿之助、染五郎のコンビで弥次喜多の珍道中を。開幕直後、スクリーンに去年の弥次喜多のダイジェストが映写された後、弥次喜多が宙乗りで舞台に登場。今回は道中劇ではなく、「義経千本桜」四の切の開演を控えた歌舞伎座を舞台に、劇中劇と舞台裏、楽屋オチを取り混ぜた喜劇。

座元の釜桐座衛門が出て来た時は、猿弥がまた頑張ってるなと思ったが、よく考えてみると猿弥は既に同心役で登場済。アレ? イヤホンガイド借りてなかったので途中で筋書きで調べると、なんと中車であった。しかし勿論、演目にも依るだろうが、歌舞伎役者の中でも違和感感じなくなった。

途中で若干ダレるところもあるし、前回よりちょっと小粒な印象。だが四の切に拘った数々の趣向は実に面白い。客席は大いに湧いた。上手の義太夫を歌舞伎役者が弾いて語るというのも面白いところ。

弥次喜多と同様、今回も金太郎、團子の息子コンビが狂言回しで登場。客席を沸かせる。金太郎は御曹司らしくおっとりして、台詞にもまだまだ若い、そこはかとない大根風味が残る。まあ子供だから今はこれでよいのだと、そんな方針で舞台に慣れさせるために出しているのであろうか。歌舞伎が嫌いになっては元も子もないものねえ。

團子のほうは、声の張りも台詞回しも子役としては段違いに素晴らしく、親父の中車が相当シャカリキに仕込んでいるのではと思わせる所あり。本人もやる気があるのだろうからそれでよかろうが、ただ、何によらず子供の頃から激しく仕込みすぎると反動など悪影響もあるからなあ。

今回の弥次喜多は犯人探しのミステリー仕立てにもなってるのだが、怪しいのは最初から二人だけ。最後に観客の拍手でどちらを調べるかを決める「どっちを取り調べまSHOW」が開催され、その結果で結末が変わる。一度観客の拍手を募ったものの結果は伯仲。「どっちにも拍手してる人がいますよ~!」と染五郎が茶々を入れて再度観客の拍手合戦で結果は「A」。「裏方さん、いいですか~! Aですよ~!」と猿之助が舞台裏に声を掛けて次の段取りに。毎日交代にやってる訳でもなさそうだ。Bだと犯人が変わるんだろうなあ。

最後は猿之助、染五郎の弥次喜多が宙乗りで去って行く。気楽に観劇できて、歌舞伎の仕掛けなどの解説もお芝居に織り込まれ、劇中劇では「四の切」が演じられる。ちゃんと歌舞伎になっており、なかなか面白かった。







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