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97年から書き続けたweb日記を、このたびブログに移行。
歌舞伎座「吉例顔見世大歌舞伎」夜の部を観た。
先週土曜日は、歌舞伎座「吉例顔見世大歌舞伎」夜の部。仁左衛門、藤十郎、幸四郎と大看板が出て、間に「新口村」を挟んで忠臣蔵物が二題。夕方から風が強く吹いて寒いので、タクシー移動。開場は4時ちょっと前。

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最初の演目は、「仮名手本忠臣蔵(かなでほんちゅうしんぐら)」。五段目の鉄砲渡しの場、二つ玉の場、六段目の勘平腹切の場。歌舞伎三大名作といわれる文楽由来の1本だが、歌舞伎座では最近、あまり出ていなかったのでは。

五段目、六段目は討ち入りとは直接の関係が無く、勘平切腹の顛末。

「神田鶴八鮨ばなし」によると、「柳橋美家古」の加藤親方は、カンピョウ巻を「勘平」と呼んでいたが、巧く巻かないと海苔が切れる。そうすると「勘平さんは腹切りだよ。お前の海苔巻は勘平だ。腹ァ切ってる」と当時の弟子であった後の神保町の師岡親方を注意したとの事。

私が学生時代によく行った居酒屋の大将は、「早野さん」という客を「勘平さん」と呼んでいたっけ。昔は、市井の人にも有名な芝居の内容はよく知られていたということなのだろう。

舞台は雨の降りしきる京都山崎の山中。仁左衛門の艶やかな二枚目ぶりが実に格好良く自然に成立。不運と勘違いが重なり、あれよあれよと云う間に勘平が転落して最後の悲劇に至るさまは、さすがに古今の名作とあって物語の筋として良くできている。

脇を固める松嶋屋勢、秀太郎のさすがの貫禄も、別れの哀切を表現する孝太郎のおかるも良い。勘平に食って掛かる義理の母親、吉弥の錯乱も印象的。染五郎が白塗り着流しの見栄えのよい悪人、斧定九郎を付き合い、短い出だが鮮やかな印象を残す。

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ここで30分の幕間。三階の「花篭」は団体客が入っているようで大入り満員。インターネット食事予約でも「芝居御膳」は早いうちに完売になっていたので、三色丼を予約。ここは何によらずキチンとしているのだが、この日はさすがにキャパを超えたか、栓抜きと醤油差が置いていなかったので、持って来てもらう。別に大した迷惑でもなかったが、出る際に丁寧にお詫びを言われて返って恐縮。

幕間後は、「恋飛脚大和往来 新口村(にのくちむら)」

近松門左衛門の作。飛脚屋に養子に入った若旦那、亀屋忠兵衛を大看板の藤十郎。元気ですな。廓遊びに入れあげ、商売で運んでいた公金に手をつける。公金の「封印切」は死罪。恋人である傾城梅川が扇雀。傾城を廓から身請けしたが、盗んだ金も使い果たし、最後に故郷で実父を一目見て死のうかという道行。

深深と降る雪が背景として美しい。柔らかな太鼓の音で雪を表現することを考えた先人は偉いね(笑)

扇雀は、好いた男の父親の難儀に思わず走り出て助けるその素直な誠がよく出て美しくも印象的。親父役の孫右衛門は歌六だが、息子を思う親の情愛を演じて、爺様役がなかなか良い。実年齢では息子役の藤十郎のほうがずっと年上で親子ほど年が違うと思うが、爺様の役は爺様に見えるための演技が必要。80歳過ぎの本当にヨボヨボの爺様には、おそらく出来ないのでは。まあ極端に枯れた味が好きなら別であるが。この辺りも歌舞伎の不思議。

歌舞伎でいう上方の和事風味というのは、スパっと竹を割ったような所がなく、良く言えば、はんなりおっとりした風味。悪く取るとネチネチ、イジイジ、ウジウジしている訳であるが、藤十郎もやはり和事風味をきっちり演じる。鴈治郎にも引き継がれた成駒家の芸。雪の降りしきる中、おそらくもう生きては会えない親子の今生の別れが詩情に溢れて表現されて終幕。これもまた古今の名作。

最後の演目は、真山青果作の新歌舞伎、「元禄忠臣蔵 大石最後の一日(おおいしさいごのいちにち)」。同じ幸四郎で以前観た際のおみのは孝太郎。今回は、児太郎が実に見事に演じてみせた。

討ち入りをした時点で死を賜るのは覚悟の上。驕ることなく初一念を貫いて全員を静かに死なせようと心を砕く大石内蔵助。「会わせては未練が残る。静かに死なせてやってくれ」という武士の道理と、「磯貝が自分をだましたのかどうか、それだけが聞きたい」という「おみの」の激しい女の情念がぶつかり、女の一念に武士の大石内蔵助が言い負かされてしまう台詞劇が一つの見どころ。

大石内蔵助を幸四郎、磯貝を染五郎、殿様の御曹司細川内記を金太郎と高麗屋三代が揃って同じ舞台を踏む。金太郎は、弥次喜多で團子と共演すると、相手の達者さに食われた印象があったが、大名の御曹司役ではピッタリはまっている。まあ実際に将来の高麗屋を背負って立つ正真正銘の御曹司であるから、はまるのが当たり前といえば当たり前か(笑)

磯貝が自分の琴爪を持っていてくれた事で明らかになった真心。「偽りも誠に返してみせる」とは、磯貝が静かに死ねるよう自分が先に自害する事であった。児太郎「おみの」の切ない女心が涙を誘う。全ての心残りは霧散し、磯貝も大石も「初一念」を貫き、堂々として死に向かうラストは、潔くも清清しい。打ち出しにも実によい演目。

彌十郎の堀内伝右衛門も情があって印象的に成立。仁左衛門の荒木十左衛門。出番は短いが、吉良の家もまた断絶になったと知らせてやり、赤穂浪士を安心して死なせてやる、人情味溢れ、しかもキリリと屹立した良い役。この演目も史劇の傑作であり、大看板出演の重厚な舞台を十分楽しんだ。打ち出しは9時を若干過ぎたところ。

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