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97年から書き続けたweb日記を、このたびブログに移行。
「新橋鶴八」、移転話あれこれの夜
先週木曜は、会社帰りに「新橋鶴八」。夕方に電話すると「新橋鶴八最後の弟子」君が出て、「新年おめでとうございます。本年もよろしくお願い致します」と礼儀正しい。後ろが立て込んでいるということで、早めに入店。

入店するとカウンタにはまだ誰もおらず本日一番乗りの客。奥から2番めの席に着席。

石丸親方が「もうご存知と思いますが」と店舗移転の葉書を差し出す。

IMG_7609 (1)


twitterで既に知っていた。このニュー新橋ビルの店を閉店し、育ててもらった恩人である師匠、諸岡親方の「鶴八」を、最後のご奉公として引き継ぐ為に、再び神保町に戻るのだとか。いくら弟子でもなかなか出来る事ではない。なんて凄い話。

最初はカウンタに私だけだったので、あれこれ移転やら今後の話やら雑談。そもそもはこの店を畳んだらマンションの一室を借りて4~5席だけの小さな会員制の店でもやると言う構想を以前にも伺った事があるのだが、今回「鶴八」引き継ぎの話は急に決まったのだと。

「新橋鶴八歳後の弟子」に、移転を機に暇を出されるのかと冗談で聞くと「いやいや、ちゃんと神保町に連れて行ってもらうんです」と言う(笑)やはり仕込みもあるので弟子が居ないと、との石丸親方コメント。

今のこの店はどうするのかと聞くと、「大家がまた別に貸すのじゃないですか」と恬淡としたものである。屋台を模した寿司屋伝統の造作であり、カウンタにも年季が入っている。勿体ない気もするけど。

神保町の店にはもう下見に行ったらしい。やる事が早いですな。36年ぶりに戻る神保町は、店界隈も結構変わっている。「鶴八」のカウンタはかなり使い込んでおり、新しく張り替える予定。二階の四畳半やトイレなども改築するのだが、工事の進捗では開店が若干遅れることもあるかもしれないらしい。

師匠の師岡親方が引退したのと、今の石丸親方が同じ年。不思議な巡り合わせ。「神田鶴八鮨ばなし」は、読んで感銘を受け、後年、寿司屋通いをするようになった私の寿司遍歴の原点だが、残念ながら師岡親方が現役の時には訪問はかなわなかった。「新橋鶴八」や「しみづ」に通うようになっていたから、代替わりした本店には一度も訪問した事が無いが、師岡親方には「新橋鶴八30周年」でお会いしてライブで本物の「鮨ばなし」を伺う事ができたのも良い思い出。結局、客としても神保町に行けることになって感無量である。

神保町から新橋にまで通っているお客はもう数人。今のニュー新橋ビルのお客さんの半分くらい来てくれれば、後は近所の人だって来るでしょうと。もっとも席数が少ないので、当日夕方電話ではちょっと難しいかもしれませんよと石丸親方。これからはちょっと早めに予約して行くか。

本店が無くなると、「分店」はどうなるのか。私の案としては「ニュー新橋鶴八」に改名したらよいと思う(笑)

この日のお通しはコハダ細切り、大葉と胡麻和え。これが妙に酒に合って旨い。冷酒を飲んで、つまみは、ヒラメ、塩蒸し、ブリ、サバ。握りはいつも通り。あれこれ移転の話などゆっくり聞けて実に面白い夜であった。





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