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97年から書き続けたweb日記を、このたびブログに移行。
「分店」改め「新橋鶴八」訪問。
木曜日の夜は、「分店」が名前から取れたニュー新橋ビルの「新橋鶴八」に。石丸親方の「新橋鶴八」本店は、さらにその大親方、諸岡親方が開いた神保町「鶴八」を継ぐために神保町に移転してしまった。なかなかややこしいな(笑)

ショートメッセージで空きを確認すると、5時半から7時までならとのこと。仕事を早上がりして、まず5時過ぎに「P.M.9」に。

神保町「鶴八」に、この店で選んでもらったスコッチを引っ越し祝いに持参したら、石丸親方が「三好君が選んでくれたんですか」と喜んでいた話を伝えに。初めて入った「鶴八」の店内の事などカウンタで喋っていると、窓の外から声が。開店前の清水親方が扉から顔を出して「「鶴八」に行って頂けたんですね。どうもありがとうございます」と笑う。師匠は弟子を心配し、弟子は師匠を心配する。新橋鶴八一門の結束。

5時半に入店すると既に先客あり。話を聞いていると随分寿司に詳しそうな女性であったが、後で聞くと某料理雑誌の編集をしている人なのだとか。

五十嵐親方と、暖簾が変わった事や、訪問した神保町「鶴八」の事など。なんで店名を「ニュー新橋鶴八」にしなかったのかと問うと「そんなの嫌ですよ」と。せっかく考えてあげたのに失礼な(笑)「新橋鶴八」にしても、本当は兄弟子の「しみづ」が継ぐべきではなかったのかと問うと「だって全然仕事が違うじゃないですか」と。まあどちらが近いかというと此方ではあるけれども。

お酒はまず新潟の純米吟醸「謙信」を所望。爽やかな酸味の後にすっと米の甘さが抜けて行く。お通しは酒盗。まず白身はカレイ。身の活かり具合は本日の締め。大きな個体を仕入れるので熟成するというが、本店のように当日締めたのをブツブツ切って食するのが好きだなあ。

カツオはネットリした旨さ。歌舞伎の世話物「髪結新三」で初鰹を食して大家が「まるで餅のようだ」と云う場面があるが、江戸の初夏を思い出した。もう房総のほうにも上がるらしい。

シャコは立派な大きさ。伝来の漬込み仕事。トリ貝も段々と肉厚に。独特の軽い酸味と甘味。次にまた白身が出て、カンパチかと思ったらイサキであった。イサキは昔々勝どきの今は無い某寿司屋で食したが、それ以来だろうか。

ここからは握りに。昆布〆、マグロ赤身ヅケ、コハダ、ハマグリ、アナゴと。米の甘みを感じるスッキリした硬めの酢飯が素晴らしい。幾分香ばしい香りがするのも独特なところ。

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この日の食べたものメモはドラえもん入り(笑)

ということで、一週間で、「新ばし しみづ」。「新橋鶴八」改め神保町の「鶴八」。「新橋鶴八分店」改め、ニュー新橋の新「新橋鶴八」と巡ったことに。暖簾も新しい「新橋鶴八」に。電光看板も分店が取れて「新橋鶴八」になっているのだが、これは本店がそのまま置いて行ったので、五十嵐親方が勝手にかっぱらって来て付け替えた由。

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コメント
この記事へのコメント
削除の要請です
以下を削除要請致します。
某親方は新店舗を模索中とも聞いておりますので。

「五十嵐親方によると、去年の12月まで神保町の「鶴八」を引き継いでやっていた某親方は、建物を諸岡親方から買い取ったのではなく、ずっと賃借でやっており、賃料が嵩いとここ何年かトラブルに。不動産屋が間に入って調整していたのだが不調に終わり、出て行くことになったのだとか。引き継ぐ時には、什器備品も居抜きで貰っただろうし、建物や附属設備以外にも、「鶴八」というブランドや顧客基盤などの会計的に云う暖簾もある。本当は、同じ場所で同じ店名を引き継ぐ時なら、借金してでも「鶴八」という事業全体を買い取らなければ、後のトラブルの元だったんだよなあ。」
2018/04/14(土) 15:31:25 | URL | 南大路魯山人 #-[ 編集]
> 南大路魯山様

そのように聞いたのは真実ですが、話題になった某親方の悪口を言うのは別に本意ではないので、そこまで言われるのであれば本文からは削除しましょう。

2018/04/15(日) 00:37:13 | URL | Y. Horiucci #-[ 編集]
新店舗を模索中が理由で、削除依頼とはよくわからないです。

石丸さんは、高い賃料で借りることに
異論はなかったんでしょうか。
それとも直弟子なので安くしてもらっているとかですか?
2018/04/27(金) 21:59:17 | URL | 佐々木 #AQ/E.i7.[ 編集]
HORIUCCIさんに
質問ですが、すし自体は
石丸派ですか、田島派ですか?

石丸のすしは、もう年寄りが握る
鮨といった感じがしていまいちですね。 握力が弱くなっているのか
どこか雑な感じに仕上がっています。

それにしても、石丸の田島さんに対する嫉妬は大変なものでしょう。
神保町の店を継げなかったことが
よほど癪に障ったのではと。

ある人によると、12月で廃業する
はずだったが、石丸が突然
俺がやると言ったそうですね。
2018/04/27(金) 22:05:57 | URL | 佐々木 #sHxuQVRw[ 編集]
管理人のみ閲覧できます
このコメントは管理人のみ閲覧できます
2018/04/28(土) 23:36:42 | | #[ 編集]
佐々木様 

コメントありがとうございます。

一度返事したのですが、手違いで消してしまい、もう一度可能な限り思い出して。

寿司屋はなになに派とかで食するものではないと思いますので、ご回答は致しかねます。

また、寿司を握るのに握力は必要無いのではないかとも。穴子なんかちょっと力を入れたら潰れますから。田島氏にも聞いてみてください。

石丸親方がお礼奉公終わって独立した何年か後に田島氏が「鶴八」に小僧で入ったのですから、普通に考えて石丸親方のほうが格が上というか、少なくとも同列ではないので、嫉妬なんてすることは無いと思いますがねえ。

師岡親方引退の際も、石丸親方の弟子である清水親方にも話が行ったらしいですが、代がちょっと違うと思います。

新橋鶴八で、田島氏の話が出ても、ほとんど語る事無かったです。そもそも付き合いがなかったでしょう。

店を襲名したかのように営業していて、結局店名を放り投げてしまうのはお互いに不幸な話であり、おそらく暖簾の対価を巡る話が最初についていなかったと思いますが、いずれにせよ結果としては田島氏は「鶴八」の二代目ではなかったという事なのでしょう。


2018/05/02(水) 18:18:42 | URL |  Y. Horiucci #-[ 編集]
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