97年から書き続けたweb日記を、このたびブログに移行。
歌舞伎座、「團菊祭五月大歌舞伎」夜の部
團菊祭五月大歌舞伎夜の部を観た。「十二世市川團十郎五年祭」とも銘打たれており、2階ロビーには成田屋所縁の成田山新勝寺から不動尊が祀られている。

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最初の演目は、「弁天娘女男白浪(べんてんむすめめおのしらなみ)」

「知らざあ言ってきかせやしょう」で有名な、河竹黙阿弥原作の所謂「白波五人男」。幕の間のストーリーは厳密には繋がっていないが、細かい事には拘らないのが歌舞伎。様式美に満ちた役者が、格好良い場面だけをつないでいる、いかにもこれこそ歌舞伎といった音羽屋家の芸。勿論大旦那の菊五郎が弁天小僧を演じるのだが、前髪の小僧というよりも「弁天親爺」と呼ぶべき貫禄。まあ本来は役名通り菊之助に譲るべきなのかもしれないが、歌舞伎役者は死ぬまで現役だからなあ。

浜松屋の場は、娘に化けて因縁をつけて金を強請り取ろうとする弁天小僧が、正体を見破られ、開き直って啖呵を切るのが有名な場面。煙管を使った粋な所作や鉄火で粋な台詞、花道坊主持ちの引っ込みの軽妙さも手慣れたもの。丁稚役で菊五郎の孫、寺嶋眞秀がちょこまか出演して会場は大いに沸いた。

「勢揃いの場」は、花道での五人衆のツラネ、本舞台に立ってからの渡り台詞と、黙阿弥の七五調の名台詞と絢爛たる歌舞伎の様式美に満ちた舞台。まさに一幅の錦絵のよう。ストーリーのほうは、なにやら良く分からないのだが、ただただ威勢が良く格好が良い。海老蔵も菊之助も舞台に映える。

立腹の場は、立廻りでの若手奮闘と、がんどう返しなどの派手な演出。菊五郎御大も結構大変だと思うが怪我しないようにやってもらいたいものである。
大詰めの極楽寺山門の場は、海老蔵の華に良く合っており、梅玉は、この手の何やら訳が分からないが取り敢えず大団円になる時の扇の要として、実にピッタリとハマる役者だ(笑)

この日の客席は、一階のトチリ列の辺りだと思うのだが、随分とヘナチョコな声で大向うを掛ける年配の観客が、しかも明らかに妙に何人も居た。一階席で大向うというのは珍しいし、偶に一人会うかどうかだがこの日は随分多い。マナー的にはアカンという説もあるが、ちゃんと声が出て芸になっていればさほど気にはならない。しかしこの日、一階で何名も掛ける大向うは、全部どういう訳かヘナチョコな声(笑)「菊畑」では、しまいには「紀尾井町!」とまでやるのも居たが、屋号も満足に掛けられないのに、応用問題に手を出すと必ず失敗すると思うがなあ(笑)音羽屋の後援会筋か何かの客が競って声を掛けていたのだろうか。しかしもっと練習するべきではと思うなあ。

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幕間には花篭で「芝居御膳」。新緑の頃が献立にもきちんと反映されている。

次の演目は、「鬼一法眼三略巻(きいちほうげんさんりゃくのまき)」から「菊畑」。以前にも同じ松緑で観た。物語の三段目だが次の段が「一条大蔵譚」。

開幕前から花道にも菊の花が置かれ、定式幕が開いた後で浅黄幕が切って落とされると、菊が盛りの大きなお屋敷の庭が広がる。秋の雰囲気にあふれ気持ちのよい風景。

表には見せないが実は源氏に心を寄せる主人公や、源氏再興のための秘宝探索、他人と思えば実は生き別れた兄弟だったというのは歌舞伎ではお約束の設定。別の人物に扮しているがその正体実はというのも時代物ではよくある設定。

知恵内役の松緑は力が強く、忠義に厚く、洒落っ気もあるという「色奴」と呼ばれる格好良い役を粋に演じて立派に成立している。ただ物語的には、ストーリーにあまり大きなカタルシスが無く、若干膨らみがないようにも感じる演目でもあるかなあ。

最後は短い舞踊、六歌仙容彩「喜撰(きせん)」

長唄と清元の掛け合いで、賑やかに踊る。菊之助は喜撰法師が初役というが、坊主姿で踊るというのは、丁度出演中の「西郷どん」月照役を時節柄意識した配役なのでは(笑) TVでの月照役はきちんと成立しているが、女形と美麗な二枚目を得意とする菊之助に、ヒゲの剃り跡青々しく軽妙に踊る坊主役はあんまり合っているとは思えないけれども。時蔵は手練で洒脱で粋で上手いものである。まあ時蔵に華を持たせる演目という位置づけなのかもしれない。


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