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97年から書き続けたweb日記を、このたびブログに移行。
歌舞伎座 「四月大歌舞伎」昼の部
先週の日曜日は、歌舞伎座「四月大歌舞伎」、昼の部。個人的には平成最後の歌舞伎鑑賞である。

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最初に二階に上がって階下を見ると、確かに両花道が設置されている。前回、夜の部に来た時は迂闊ながら、最後の演目まで上手に仮花道が設置されている事に気づかなかった。

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最初の演目は、新作の歌舞伎、「平成代名残絵巻(おさまるみよなごりのえまき)」

平成最後の歌舞伎座公演とあって、天皇御代変わりを寿ぐ祝祭舞踊。栄華を誇る平清盛亭から、清水寺。桜が舞う豪華で煌びやかな演出。まあ筋立て自体は気にすることもない気楽なもの。

福助はおそらくまだ右半身がうまく使えない様子で、左手以外は動きのない役。歩けるのだろうかと心配になるが、結構台詞も多いのに、声はなかなか立派に朗々と響く。劇中では、新元号「令和」を織り込んだ台詞も。

福助息子の児太郎が立役で、遮那王を演じる。女形の声の高さと違う部分もあるのだろうが、声がちょっとガラガラ。風邪でも引いたか。巳之助は平知盛。声がよく通って立派な武者。いわゆる碇知盛で有名な役。

源氏の白旗、平家の赤旗がそれぞれに両花道に分かれ、定式幕が閉まった後の両花道幕外の引っ込み。巳之助と児太郎がそれぞれ六法を踏んで、さらばさらばと立ち去って行く。派手で実に目出度い。しかしさほど仔細に見るべき所もない演目。

30分の幕間。

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先だっての夜の部よりも客が入っているが、まだ割と空いている。そういえば一階席にも空席が所々で目立った印象。海鮮重など。

次の演目は、「新版歌祭文(しんぱんうたざいもん)」。いわゆる「野崎村」だが、前の段の「座摩社」が出るのは40年ぶりとか。

お染久松物語を背景に、田舎娘の成就しない悲恋を描く。

「座摩社」については、この場があると、野崎村に訪ねてくるお染が唐突ではなく、久松の深い関係も事前によく分かる。単純に久松との祝言を喜んでいる久作娘お光を見た時点で、「ああこの恋は成就しないんだ」と感じる事ができ、お光の「嬉しかったはたった半時」に至る悲嘆が実に身に染みる。

ただ、この「座摩社」の段は、お染めに横恋慕する手代小助が前面に出た上方喜劇仕立て。手代小助を又五郎が大仰に、かつ達者に演じるものの、客席はまったく沸かない。たまたまこの日の客だけかもしれないが、悪く言うと又五郎は「スベっていた」。又五郎にしたら「なんで笑わねえんだ、このヤロー」と思っているかもしれないが、松竹新喜劇のような上方お笑いの風味がちょっと無いのだよなあ。

時蔵のお光は、祝言を告げられた純朴な歓喜、自分よりずっと裕福そうな町娘への少女ならではの素直な嫉妬など、若々しく演じて芸の力を感じる。久松を思い切った後の悲しく殊勝な姿から、大詰めで二人を分別ある女の如く礼儀正しく見送った後、純朴な田舎娘に戻って親父の胸に泣き崩れるまで、鮮やかに印象的。

前に七之助がお光をやった時は、今までの人生で大根は一度も切った事が無いのではないかという手つきであったが、さすがに時蔵は、大根をサクサクと難なく刻んで行き、家事を一所懸命にこなしている田舎娘らしさを表現したのも手練れの役者。女形は何でもできなければいけませんな。

雀右衛門のお染については、クドキの場面など流石の芸の力で印象的ではあったが、娘役をやるにはちょっと肥え過ぎであるようにいつも思えるのだが。歌六の百姓久作は、初役なのだそうだが、娘を思いやり、お染久松に別れてくれと嘆願する、情愛深い親父を演じて心を打つ好演。

優柔不断な色男の風情は、久松を演じる錦之助のニンにまさにある。結局この人が全ての揉め事の原因になっているのだが、白塗りの色男は常にどこかケロっとしているのだった。色男というものは、大概そういうもんなんだなあ(笑) 大詰めで、物事を丸く収めにやってくる、油屋後家役、秀太郎もまさに本役の風格あり。

切りの回り舞台による、久作家の表から川沿い土手への場面転換は、実に歌舞伎らしく印象的。両花道を使って、水路と土手で、お染久松が別々に戻って行く。

この日、大向こうは、微かに鶏爺さんの声が聞こえたような、あるいは錯覚だったような。全般に少ない。一階からは殆ど無いのが実に結構である。

次の短い舞踊劇は、坂田藤十郎米寿記念と銘打った、「寿栄藤末廣(さかえことほぐふじのすえひろ)」、「鶴亀」。

坂田藤十郎は今年の12月に米寿になるのだそうで、記念の祝祭舞踊。本年1月に、大阪松竹座で初演されてこれが二度目。話の種に見れてよかった。

藤十郎の女帝は開幕、舞台中央のせり上がりから登場。よく言えば春風駘蕩、ゆったりと品格のある舞踊。悪く言うと、「あっ、動いている動いている」と、ちょっとパンダを見るような感慨。しかし米寿でまだ歌舞伎座の舞台に立つのは立派。役者は一生現役ですな。

猿之助が亀、息子の鴈治郎が鶴で目出度い祝祭の舞踊。壱太郎、児太郎、米吉など花形の女形も煌いて美しい。藤十郎の息子、孫の三代が同座した目出度い舞台。

最後の演目は、「御存 鈴ヶ森 (ごぞんじすずがもり)」

江戸の人気者であった白井権八と幡随院長兵衛が出会う場面を描いた有名な一幕物。 「だんまり」の滑稽な立ち回りもよく出来ている。この場で飛脚を演じた又五郎は、結構ウケていた。

そして大詰は、人生を左右することになる男2人の運命的な出会い。菊五郎は若々しく怜悧な剣の達人で、堂々たる侠客、幡随院長兵衛役、吉右衛門の台詞が朗々と響く。歌舞伎の大看板二人がガップリ四つに組んで、大相撲で言うなら千秋楽の横綱同士の結びの一番の如し。これこそ歌舞伎の醍醐味。実に見ごたえがあった。


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