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97年から書き続けたweb日記を、このたびブログに移行。
歌舞伎座「團菊祭五月大歌舞伎」、夜の部
GW連休9日目の日曜は、「團菊祭五月大歌舞伎」夜の部。令和最初の歌舞伎座公演。


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菊之助の長男、寺嶋和の史丑之助襲名披露演目があるので、歌舞伎座には祝い幕が。弁慶と牛若丸の絵はジブリの宮崎駿の手になるものだそうである。この絵があったので、菊之助は当初予定の配役を変更して、弁慶役を務めることにしたとイヤホンガイドで。

この日は大向こうに鶏爺さんがいて、殆ど聞こえない声を、最初の幕から盛大に掛けている。空耳のような気がするがやはり幽かに聞こえる(笑)

最初は短い舞踊。「鶴寿千歳(かくじゅせんざい)」

昭和天皇即位の大礼に際して寿ぎの舞踊として上演され、それから節目節目に目出度い舞踊として上演が続いている。まさしく令和最初の歌舞伎興行にふさわしい演目。箏曲と鳴物だけの伴奏というのはなかなか珍しい。

鶴は千年生きるという伝説を背景に、時蔵と松緑が鶴として踊る。宮中の男に扮して、梅枝、歌昇、萬太郎、左近と音羽屋の若手も揃い踏みで。左近は大きくなったなあ。

次の演目も、七代目尾上丑之助初舞台 「絵本牛若丸(えほんうしわかまる)」。父親の菊之助も初舞台で務めた演目。しかし花道で肩車される所くらいしか記憶がないのだそうである。今回の丑之助もまだ五歳。幼稚園の年長組。果たして記憶に残るだろうか。

菊五郎と吉右衛門が祖父という歌舞伎界のサラブレッド。人間国宝の爺や2人が揃って相好を崩し、孫の初舞台を見守る。

しかし口上では、吉右衛門が寺嶋和史(かずふみ)の本名をド忘れ。しどろもどろのアーウーで乗り切り、観客の笑いを誘う場面あり。以前、TVの番組で孫と遊んでいる所では、「かずくん」と呼んでいたので、本名がつい抜けたのでは(笑)

丑之助は口上もはっきり言えて、セリフも入っており、見得も立ち回りも立派にこなして観客の暖かい大きな拍手を受ける。音羽屋と播磨屋のDNA。銀の匙を加えて生まれてきた御曹司の前には、生まれながらにして甘美な栄光への道が準備されている。よいなあ(笑)

父親の菊之助、時蔵、雀右衛門、松緑、海老蔵、左團次など賑やかに一幕に付き合う。

ここで35分の幕間。

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花篭で「芝居御膳」で一杯。もう連休も最終盤だとなんだか寂しい気分。

幕間の後、「京鹿子娘道成寺(きょうかのこむすめどうじょうじ)」

菊之助の白拍子花子は、華やかで、しなやかで、気品高く美しい。まさに時分の花。美しいほど、最後の女の情念が深く心に響く。

所化坊主の手ぬぐい撒きでは、ボーッとしていたら、手拭いが私の顔のほうに一直線。「危ねえ!」と思ったら、隣のオバさんが片手を伸ばしてバシっとナイスキャッチ。やはり準備しておかないとビックリしますな。

しかし、菊之助は、團菊祭で息子の丑之助襲名初舞台という事もあろうが、昼の部で「勧進帳」義経。「め組の喧嘩」の鳶、藤松で舞台を駆け回る。夜の部は、襲名披露の「絵本牛若丸」で弁慶となり息子を肩車して花道の引っ込み。そして「京鹿子娘道成寺」では一人で踊り詰めの白拍子花子と、七面六臂の活躍。一日に義経、弁慶、白拍子花子を演じるというのも珍しいのでは。

最後の演目は、「曽我綉俠御所染(そがもようたてしのごしょぞめ)御所五郎蔵」。若手中心の座組。

大立者でもなかった父親を、若くして失った松也が、團菊祭で頑張るというのは、菊五郎劇団の人情を感じるところ。しかし御所五郎蔵というのは、よく考えてみれば、金に不自由して妻を遊郭に落とし、その妻に裏切られたと思って怒り、違う傾城を切ってしまうという、そんなに格好良い役でもないか。

最初の遊郭の場、一面の桜が咲き誇る吉原。河竹黙阿弥の渡り台詞が心地よく響く。星影土右衛門役の彦三郎は流石に立派な口跡で台詞は朗々と響く。これに気押されたか、松也のほうが、時折発声がはっきりしないのが残念。ちょっと無理しているのではないか。

梅枝の傾城皐月、尾上右近の傾城逢州、坂東亀蔵の甲屋与五郎も印象的。ただ全体としてあまり後味のよい作品ではないなあ。
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