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97年から書き続けたweb日記を、このたびブログに移行。
歌舞伎座「十二月大歌舞伎」、夜の部
先週の日曜は、歌舞伎座「十二月大歌舞伎」、夜の部。

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昼の部のblogでも書いたが、大看板は玉三郎だけ。「大歌舞伎」と呼ぶにはちょっと座組が軽い気もする。まあ、今月は国立劇場、新橋演舞場、京都南座と歌舞伎公演が打たれており、役者も分散。夜の部の演目は2本とも、玉三郎、梅枝、児太朗がトリオで出演。玉三郎が若手女形を鍛える興行と言ってもよいかもしれない。私にとっては、この日で本年の歌舞伎見物納め。

最初の演目は「神霊矢口渡(しんれいやぐちのわたし)」

江戸時代に「エレキテル」の平賀源内が書いた人形浄瑠璃が元。源内は多才な人だったんだなあ。

「神霊矢口渡」は、南北朝時代「太平記」から新田義貞にまつわる物語との事で、あまり馴染みがなく、筋書を読んでもいったい何の話か不明だったが、実際に舞台を見ると面白い。

兄の菩提を弔うために矢口の渡しに来た新田義峯(坂東亀蔵)が、渡し守の家に一夜の宿を乞う。この家の娘、お舟(梅枝)が新田義峯に一目惚れするのだが、実は彼の兄を殺したのは、渡し守の悪辣な父親(松緑)だったという、基本的には若い娘の悲恋を描いた物語。

梅枝がほとんど出ずっぱりで、クドキあり海老反りあり、多くの見せ場を好演。若い女形には大役とイヤホンガイドにあったがその通り。同じ舞台に出ていた児太郎も、次は自分がと横で見ていたろう。筋書きをエー加減に読んでおり「片岡亀蔵が女に一目惚れされる役とは実に不可解」と思っていたら、舞台に出てきたのは坂東亀蔵だった。それなら納得(笑)←亀蔵違い ←配役ちゃんと読めよ(笑)

大詰めで舞台が周り矢口の渡しの川面が一面に広がる。太鼓を吊るした鐘楼の場面は、おそらく八百屋お七が投影されているのだな。赤っ面の渡し守頓兵衛は最初から最後まで極悪非道の悪役というのも珍しい。しかし松緑はちょっと印象が薄かったかな。

ここで35分の幕間。「花篭」で「芝居御膳」。

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次の演目は「本朝白雪姫譚話(ほんちょうしらゆきひめものがたり)」

玉三郎が、梅枝、児太郎と共に演じるグリム童話「白雪姫」を歌舞伎化した新作。

三人が揃って琴を弾く所は「阿古屋」の練習風景のようで面白い。

7人の小人を演じる子役は、皆、大変達者で台詞も多く歌も歌う。

歌舞伎の子役というと、一本調子の甲高い抑揚のない声で、台詞を一音一音棒読みするのが特徴だが、あの台詞術は子役に頼る演技を排し、純粋な役だけを舞台に現出させるための歌舞伎の伝統的手法。子役に妙な演技などしてもらっては困るのだ。この舞台のように、子役が踊って歌を歌って演技をしていると、歌舞伎というよりも学芸会のように見えてくるのが不思議。

いろんな意味で不思議な舞台であったが、玉三郎が、梅枝、児太郎を従えて、幽玄の境地をただ一人行く孤高の舞台を、横から見物すると思えば、これもまた一興。これが歌舞伎かと言われると、勿論なんでも歌舞伎ではあるが、ちょっと違う気もまたするのだった。

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