97年から書き続けたweb日記を、このたびブログに移行。
「クローバーフィールド」米国版DVD
シドニー往復の機内でも見たのだが、「クローバーフィールド」米国版DVDを購入。日本では、「スペシャル・コレクターズ・エディション」が9月発売予定のようだ。

機内のスクリーンでは、イマイチ細部が分からず、何か見落としがあったのではと購入して、フラットTV大画面で見たが、大筋では見落としたシーン無し。ただ、今回はシラフで見たせいか、機内で見た時より、仕上がりに感心した部分多々あり。

「ゴジラ」と「ブレア・ウィッチ・プロジェクト」を足して2で割った、そんなUA機内誌の紹介は、確かに端的にこの映画を表している。主人公達の持ったビデオ・キャムの映像だけを使用して、NYに襲来した謎の巨大モンスターに追われる惨劇の一夜を描く。

主人公達の持ったカメラという視点に徹底的に拘って撮影しているため、逆に妙なリアリティを作り出すことに成功しているのがこの映画の印象的なところ。普通のモンスター映画なら、「神の視点」で、戦う軍隊を俯瞰し、次には怪獣の全身を写すだろう。観客は、縦横無尽にあちこちの場面をジャンプして、モンスターの正体や、それへの対応などの顛末を理解する。

しかし、この映画は、あくまでも、ニューヨークの街を逃げ惑う主人公達が持ったビデオ・キャムの映像だけを使い、モンスターは、主人公達の視点でしか捕らえられていない。それがどこから来たか、同時に現れた妙な寄生虫のような怪物は何か、出動した軍隊はこのモンスターについて何を知っているのか。すべては主人公達にも観客にも明かされない。この視点への徹底したこだわりが、本作品を、主人公の横で一夜のパニックを同時体験する、「体験型エンタテインメント」として印象的に成立させている。

もちろん、これは「ブレア・ウィッチ」の構想と実によく似ている。ただ、「ブレア・ウィッチ」の手法が、低予算の制約で「恐ろしいもの」は映したくとも映せなかったという逆転の発想から来ているのに対し、この映画の映像は、たとえそれがブレにブレた手持ちカメラの映像を模してはいても、ずいぶん手間をかけて丹念にCGで製作されており、この点がパニックSF物としての奥行きがあるところ。

映画の冒頭、コンドミニアム屋上から見た、まるで夜空の花火のような爆発。そしてそれに続く、自由の女神の首が、路上に吹っ飛んで来るシーンは実に印象的。

遠くの高層ビルがあっけなく崩れ落ち、崩壊の噴煙に追われて人間が叫びながらこちらに逃げて来るシーンは、明らかに「911」の記憶が投影されている。しかし、考えてみると、「911」以前にあれほどビルの倒壊をリアルに描いた映画は無い。「911」自体が、映画のイマジネーションをも超える、実に凄まじい事件であったのだと再認識させられるような映像。

主人公達の最後の独白は、「ブレア・ウィッチ」へのオマージュにも思える。幸せなデートシーンを映したテープに、災害の一夜が上書きされ、時として映像が跳んだところに、地の映像が現れるという趣向も効果的に成立している。

DVDで確認すると、映画の最終、事件発生数日前に撮影されたコニー・アイランドの部分に、空から何かが海に落下してきて、遠い沖合いに水しぶきを上げる光景が小さく映っている。この謎も説明されないまま映画は終了。あるいは、そのうち続編も製作されるのだろうか。

エンディング・ロールに流れる音楽は、日本の怪獣映画の音楽を、西洋風に再解釈してリファインするとこうなる、と思わせる不思議なテイスト。メイキングでの監督の「ゴジラ」への言及は、このあたりにも反映されているようだ。

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