97年から書き続けたweb日記を、このたびブログに移行。
そしてそれは、王殺しの祝祭にも似ている
本日のアメリカは、オバマ大統領就任の記念式典。もっとも、別に国民の祝日ではなく、会社は通常勤務。西海岸では、オバマ就任演説は朝の9時から。キッチンのTVには、結構社員が集まっていた模様だが、私自身は打ち合わせの準備等に朝からバタバタして、結局それどころではなかった。日本では夜中からNHKがライブで中継したそうだが、アメリカに住んでいて、ライブで見れなかったというのもちょっとオソマツだなあ(笑)。

帰宅後に、あちことTVチェックするも、途切れ途切れの映像だけで、再放送はやっていない。昨日、J Networkなるネット・サービスで録画予約しておいた、日本で放送されたNHKの就任式放映をチェック。

アメリカ人はお祭りが大好きだから、オバマ登場前からずいぶん盛り上がっている。就任の宣誓では、最高裁判所長官の言葉をそのまま繰り返せばよいのだが、オバマは、一瞬頭が真っ白になったのか、途中で言葉に詰まるという珍しい場面あり。あの演説巧者にしてそうなるのだから、やはり相当なプレッシャーだったろうな。

就任演説は、勿論、プロンプターを使用しているので、まったく流暢なもの。

アメリカは危機の真っ最中にあると認め、課せられた課題の多さと深刻さを述べる。しかし、アメリカの伝統的価値観への回帰と、国を作り上げてきた先人達の偉大な業績に触れ、問題はかならず解決されるだろうと、米国再生への宣言を述べる。

規制のない市場と拝金主義がもたらした混乱、地球温暖化への懸念を盛り込んだところは、やはり民主党カラーか。

米国は今後も世界で指導力を発揮してゆき、テロとの戦いについては、決して屈しないと述べるが、アメリカは、キリスト教だけでなく、イスラム、ユダヤ、ヒンズー、無宗教をも含む多様性を許容する国であり、イスラム世界との相互理解が可能であると呼びかけるところも、なかなかよかった。

アメリカの希望と再生、そして国民には責任と義務を説き、自由という贈り物を将来の世代に伝えるのだと述べるところは、昔のケネディのスピーチにも似ている。原稿はずいぶん練られている。ただ、各方面に配慮してあれこれ盛り込みすぎた感があり、後世に残るような名言は無かったような個人的印象。もちろん、アメリカ史上初の黒人大統領のスピーチとして感動的ではあった。

ただ、エモーショナルな選挙戦の最中のスピーチに比べると、穏当で謙虚なスピーチであり、聴衆もどこで歓声上げてよいか、若干戸惑ったところがあるようにも感じた。まあ、相手をただ攻撃すればよい選挙戦のスピーチと、大統領のスピーチとでは、自ずから性格が違う。

もっとも、戦争やるために大統領になったようなブッシュとは、やはり世界感が違うところを見せたスピーチであったと思う。これだけ期待を集めた新大統領もなかなかないのでは。まず、最初の100日に注目したい。

アメリカの大統領交代は、どこか、フレイザーが「金枝篇」で述べた「王殺し」の祝祭にも似ている。古い王を殺し、新しい若い王を得て、国土自体が再生する古代からの呪術的信仰。

アメリカの大統領というのは、政治家が段階的にキャリア積んで成り上がり、力を蓄えて最後にたどり着くポストというよりも、なにか運命的なものでその座に着く、「司祭」の座のような気もしてくるのだった。(まあ、蛇足ながら付け加えると、ブッシュは確かに殺されるべき王であったと思う)

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