97年から書き続けたweb日記を、このたびブログに移行。
量刑の判断は難しい
秋田県で発生した連続自動殺害事件の高裁判決。畠山鈴香被告は、「死刑基準」考慮し無期懲役に」との記事。

事実認定については、ほとんど検察側主張を採用。自分の娘を川に突き落として殺害した上で、自分が犯人として警察の捜査線上に上ることを恐れ、別の犯人の存在を示唆しようと、近所の顔見知りの子供を絞殺して死体遺棄したのだ。

心神喪失の認定も無く、責任能力を認めた上で無期懲役にしたのは、犯行が場当たり的で、犯人には前科がなく、身代金や保険金といった金銭目的もなかった点などを有利な事情として斟酌したのだという。

死刑判決の参考となる有名な「永山基準」は、単純に人数だけとりあげるなら、「2名殺害では無期以下、3名で無期か死刑のギリギリ、4名以上で死刑」というのが昔から俗に言う「相場」と言われていた。

しかし、昨今の厳罰化の波で、この基準は順次切り下げられつつあり、子供の誘拐殺人などでは、1名殺害でも死刑判決が出ているという。光市母子殺害にしても、殺されたのが2名だから無期ですと言われたら、到底納得できる量刑ではない。そもそも、人数による「永山基準」は、ずいぶん甘かったのだよなあ。

それでは、2名殺害の、この畠山被告が、死刑相当かと問われると、若干の迷いを感じるところあり。

畠山被告には、発達障害があり、幼少から父親からの虐待を受けて育ち、善悪の判断の基準が幼いとの鑑定人主張もある。

また、Wilipediaで「死刑囚」を見ると、全国の死刑確定囚(未執行)は、近年でもほとんど100名を超えたことがない。日本全国の凶悪犯罪から、死刑が確定して処刑を待つ人数が、たった100名弱。畠山被告は本当にこの100名の中に入るべきか。

しかし、一方、一般的に母親が自分の子供を殺した場合には、どういうものか判決が軽い傾向にあり、本判決もそれに引きずられてないか。まったくの他人の犯罪者が、この子供2名を殺害したケースなら、死刑相当とされてもおかしくないのでは。

今までであれば、職業裁判官が判決と量刑を決定し、それが報道された後で、我々はその軽重について語ればよかったのだが、今年7月からの裁判員制度下では、国民から選ばれた裁判員も判決に関与することになる。裁判員となった場合の量刑判断は、なかなか容易なことではないとつくづく感じさせられるような判決。

おそらく裁判員に選ばれた場合、極刑の判断を下すのは容易ではないだろう。裁判員制度下では、厳罰化の波が止まり、むしろ死刑が減って無期懲役が増えるのではという気もする。

もっとも、私は今のところ日本非居住者で、住民票も海外転出になってるので、裁判員の召集は来ない。それについては、なんとなく助かったなという気分。もちろん、定額給付金も来ないのだが。

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