97年から書き続けたweb日記を、このたびブログに移行。
「笑撃! これが小人プロレスだ」
週刊誌の書評で見て発注した、「笑撃! これが小人プロレスだ」読了。

プロレスの興行は、実のところ一度も会場で見たことはない。しかし、昔はよく、「ジャイアント馬場来る!」なんてポスターが電柱に貼ってあった。普通のプロレスよりも更にマイナー感があったのが女子プロレスのポスター。そしてそこには、必ず、小人プロレスの宣伝も一緒にあった。「天草海坊主」なんて名前は、今でも覚えている。

しかし、小人プロレスの興行は、もう無くなってしまった。この本は、小人プロレスを取材対象として昔から追いかけてている著者が、数々のレスラーに取材し、小人プロレスの世界を紹介し、その隆盛と消滅を辿るドキュメンタリー。内容的には、1990年に出版した「異端の笑国 小人プロレスの世界」を土台に、更に大幅に加筆されているのだが、収録のエピソードに若干古いののがあるのはそのため。

その昔、女子プロレスの会場に集まる客は、酒飲んだオッサン連中ばかりであったという。その当時には、小人プロレスは、時として女子プロレスの試合よりも歓声が大きかったほどの大人気。コミカルな動きでレフリーまで引きずり込み、観客の爆笑を誘うショーとして成立していた。ビートたけしは、浅草での修行時代、ストリップ劇場で幕間に漫才やコントをやってたというが、ちょうどそんな感じの興行形態が昔は存在したのである。

しかし、クラッシュ・ギャルズなどの人気が沸騰し、女子プロレス選手が偶像化され、会場に女子中高生が詰め掛けて歓声を浴びせるようになると、この新しい観客層には小人プロレスは受け入れられなかった。やがら小人プロレス興行は、日陰の異端児扱いされ、表舞台で脚光を浴びることは少なくなってゆく。

TVで中継していたこともあるのだが、そのうち、「身体障害者を笑いものにしている」、「可哀相だ」とTV局に抗議が殺到するようになる。抗議を恐れたメディアは、次第に小人プロレスを、「触れてはいけないタブー」として封印する。

もちろん、本人達の意志に反して障害を笑いものにしたならマズかろう。しかし、小人プロレスのレスラー達は、もっと脚光を浴び、報道され、人気者になりたかったのである。そんな彼らの本音を、著者のインタビューは次第に明らかにしてゆく。もちろん、社会に認められず、差別を受け、コンプレックスを背負って育った彼らが、面と向って声高に自らの主張を世間に問うことはない。彼らはただ当惑しながら、おずおずと自らの境遇を嘆き、その運命を淡々と受け入れるだけである。

「障害を見世物にするな」という主張は一面では確かに正しい。しかし、声高なその声は、肉体的にも鍛錬を積み、笑いを研究し、「観客に笑われるのではなく、観客を笑わせる」ショーをしているのだと自負する小人レスラー達の興行を、表舞台から隠し、結局のところは彼らの生計の道をも絶つことに繋がってしまったのであった。

大部分の小人レスラーは、軟骨異栄養症であり、手足の骨の発育が極端に悪い。関節にも負担がかかり、身体的ダメージが蓄積され、下半身不随などになる者も多いのだという。多くのレスラーが既に死亡したり、障害をかかえて施設で暮らしている。著者が最後まで追いかけた小人レスラー達の末路は、ある意味大変に気の毒なものばかり。

芸能界でかつて人気者だった白木みのるのインタビューも実に興味深いもの。小人プロレスが放映から締め出された理由を、白木みのるは、「良識とはいうけど、本当は見たくない、エゴだよね、差別なんだよね」と総括する。

我々の、良識と呼ぶ仮面の下に密やかに存在する差別意識について、あれこれ考えさせる本。小人プロレスの過去の試合を収録したDVDが付録でついており、今ではもう見ることのできないその全盛期、レスラー達が生き生きとリングを走り回る姿を見ることができる。

ベストセラーになる類の本ではないのだが、消えてしまった不思議な興行の歴史を語る、実に貴重な本である。

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