97年から書き続けたweb日記を、このたびブログに移行。
DAY2:「新橋鶴八」
日本滞在2日目の夜は、当日に電話して、「新橋鶴八」訪問。

早い時間に入店すると、私が最初の客。「久しぶりですねえ」と石丸親方が。「もう向こうに行って3年くらいでしょう」と。確かにその通り。一度出張の時に寄ったが、しかし、よく覚えてるもんである。

昨今の景気談義など。最近は、早い時間がヒマ。一軒目に寿司屋に来て、「もう一軒行きましょう」という客が減ってるんじゃないですかねえ、との感想であった。

「アメリカの寿司屋はどうですか」と親方が訊くので、あれこれ魚の話も。「アメリカ人の客が来ると、皆、ハマチを頼むんだよねえ」と親方。石丸親方は頑固な強面に見えるが、実は人懐こい笑顔を見せる話し好きである。最近は奥さんも店に出ており、あれこれまたアメリカ談義など。

お酒は菊正宗の冷酒。なんでもない普通の酒だが、グラスで飲ると、これがごく普通に美味い。お通しは小柱。まず、カレイを切ってもらう。分厚い立派な身を、これまた分厚く切りつけて豪快に出す。しっかりした身肉の食感に爽やかな初夏の香り。

次にアワビの塩蒸し。ここの塩蒸しもクセになるなあ。酒と水で、グラグラと水分が飛ぶくらいまで火を入れる仕事。美味くあがるかどうかはやはり素材により、産地で言うと良品が取れるのは2箇所しかないのだと。昔風の仕事だが、しっかりした歯ごたえで、香りと旨みが素晴らしい。丁寧に切りつけたアワビを、石丸親方の丸っこい手が掴み、豪快にポンとつけ台に置く。そんな所作も懐かしい。

貝の話などしていると、「そうそう、今が旬ですよ」と勧められたので、トリ貝も。フレッシュな歯ごたえと甘味はやはりこの貝にしかない独特のもの。

いつも入り口側に立つ眼鏡のお弟子さんに、「まだいるんだ」と言うと、「ええ、まだいるんです、エヘヘ」と前回同様の反応。入店して何時の間にかもう14年目だと。石丸親方が神保町で修行したのが16年だそうで、もうほぼそれに匹敵するではないか。そろそろ独立して、「西麻布鶴八」出したらどうだとか、「豊洲鶴八」はどうだとか、エー加減なことをけしかける(笑)。

石丸親方は笑いながらも、「しかし、仕込みもまかせてるし、私の動きも全部分かってるから、いなくなると大変ですよ」とふと真顔に戻って。 神保町も石丸親方が独立した時は大変だったと本にあるから、まあ、繰り返される事なんですな。

漬け込みのハマグリをもらって、更にお酒を一杯。これも鶴八系伝来の味。「煮ハマ」と呼ぶ客には、「これは煮てないんですよ」といつも解説してたのだが、なぜか全員「煮ハマ」という。もう、ホトホト疲れて、「煮ハマじゃない」と訂正するは止めたんだと親方。まあ、確かに全員が「神田鶴八鮨ばなし」を読んでる訳じゃないし、そもそも「煮ハマ」と書いてある本の方が多いくらいだからなあ。

日本で飲むと運転しなくてよいからついつい酒が進む。席についてから小一時間、カウンタに他のお客さんもいないし、寿司種の話や、年季の入ったつけ台の話など、親方や女将さんとあれこれ雑談を続けて、実に面白かった。

その後、お茶に切り替えて握りに。いつも通り中トロ2で始める。コハダは、ネットリとした旨みを残す独特の〆具合で、香ばしいような甘さのあるこの店の酢飯とのマッチングが素晴らしい。軽く炙った後、皮目を表裏ひとつずつ出すアナゴは、これまた独特の水あめのようになった濃いツメを塗って。カンピョウ巻も酢飯との相性が最高。 いつも出される蛤の吸い物も肝臓に染み渡る美味さ。

修行した江戸前の仕事を剛直に、しっかりと守り続ける燻し銀のような店。「しみづ」のほうがずっと小技が効いており、幾多の細かい改良がなされているのだが、それでもなお、その寿司屋技術の根幹は、この店がルーツであることがハッキリと分かる。いつまでも元気で店をずっと続けてほしいもんである。
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