97年から書き続けたweb日記を、このたびブログに移行。
45歳から17年間刑務所ねえ
無期懲役がいったん確定した「足利事件」で、DNA再鑑定の結果を検察が認め、刑の執行を停止して釈放。

刑事訴訟法上では、裁判所の再審開始前に検察官の判断で刑の執行を停止できることになってるのだが、実際にそれが行われた前例が無く、今回が始めてなのだそうだ。「再審でも絶対に勝てない」と感じた結果だろう。「先に釈放するので、あとは再審で無罪判決よろしく」、ということで、検察が白旗揚げた完全降伏とは、実に珍しいことではないか。

しかし、足利事件というのはほとんど記憶に残ってない。1990年当時、そんなにメディアで大きく報道されただろうか。17年というと、記憶も風化してゆく。それにしても、捕まった人は、45歳から服役して現在62歳。免罪での17年間の刑務所暮らしというのは、実に悲惨なお話である。

普通、冤罪というのは、容疑者に前科があり、挙動不審であったために警察に目をつけられ、殴る蹴るの強引な取り調べて自白を強要されたというのが大半のケース。この事件の場合はどうだったのか。

ネットや報道で見る限り、前科については確認できない。捜査線上に上がった理由といえば、

・アダルトビデオを多数所持していた
・バス運転手として勤務した幼稚園の児童と空き時間に遊び「ヘンなおじさん」と呼ばれていた
・勤務先だった幼稚園の園長が、「そういえば子供を見る目つきがおかしかった」と証言した

という程度。こんな証拠だけで逮捕されてはたまったものではないが、さすがに警察もこれだけでは逮捕できなかった。捜査線上に浮かんでから、1年近くの尾行の末(その際も不審な行動は無かったというのだが)、本人が捨てたゴミから採取したDNAと被害者遺留品のDNAが一致したのが、逮捕の決め手に。

しかし、そのDNA鑑定の結果が違ったというのでは、もはや検察も全面降伏するしかない。鑑定結果が最初から偽装されたとまでは思わないが、当時の技術では無理があったし、無理を承知で裁判での使用をゴリ押ししたい思惑が警察側にあったということだろう。

公判の過程で本人に不利だったのは、本人が、犯行を認めたり、否認したりする不審な証言を法廷で繰り返したこと。本人は知能指数が常人よりかなり低く、気が弱く迎合的な性格であったとも伝えられ、法廷に刑事が来ているのを怖れて本当の事が言えなかったという。警察の取調べは、鉄拳も使って相当ムリ押ししたのではなかろうか。とんだ災難としか呼べない。

第一審の弁護士は、最初から本人の有罪を信じ込んでおり、情状による減刑だけを目指し、証拠に対する調査も抗弁もほとんどしてないのだそうである。被告本人は、裁判の手続きについても、あまりよく分かってなかったのではないか。これまた実にひどい話。

免罪の可能性がまったくない光市母子殺害事件などに、寄ってたかってあれこれ工作し、死刑だけは防ごうと、ありとあらゆる手段を使って活動する弁護士達がいる。彼らに対しては、共感はまったく持てない。社会のために、他にもっとやるべき事があるのでは。

しかし、この事件で、DNA鑑定と捜査の過程に疑いを持ち、地道な運動で再審請求を成功させ、最終的に無期懲役をひっくり返して、刑の執行停止にまで持ち込んだ支援者と弁護士団は、実によい仕事をしたと思う。

現代のDNA分析技術は、人ゲノム解析にあるように、格段の進歩を遂げている。しかし、90年代初期のDNA鑑定がこんなにアテにならないのであれば、当時の事件でDNA鑑定がカギになったケースは、もう一度抜本的に見直しする必要があるのかもしれない。

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