97年から書き続けたweb日記を、このたびブログに移行。
「僕に踏まれた町と僕が踏まれた町」
シカゴからこちらに引っ越して来る時に、本はある程度処分し、ダンボール4箱くらいに削減して持ってきたのだが、ずっと開封せずにそのまま部屋の片隅に積んであった。しかし、読み返したい本も中にあるので、今更ながらダンボールを開封。

最初の箱を開けたとたんに出てきたのが、以前にも日記に感想書いた「魔女」。ついつい、2巻とも読みふけってしまう。実に印象的な作品。この作者の才能には感嘆する。

次に読みふけったのが、これは日本でも蔵書にあり、こちらで再度買った、中島らもの、「僕に踏まれた町と僕が踏まれた町」

私の故郷でもある神戸、そのあちこちの固有名詞を散りばめた、中島らもの青春記エッセイは、時として胸がキュンとなるような、懐かしい感慨を呼び起こす。

浪人時代に自殺した友人について、あいつだけはいつまでも18歳のままでずるい気がする、と述べた後、こんな風に語る一編がある。

ただ、こうして生きてみるとわかるのだが、めったにはない、何十年に一回くらいしかないかもしれないが、「生きていてよかった」と思う夜がある。一度でもそういうことがあれば、その思いだけがあれば、あとはゴミクズみたいな日々でも生きてゆける。だから、「あいつも生きてりゃよかったのに」と思う。

まさにその通り。

以前の日記にも何度か書いたのだが、その昔、高校の同級生が、共通一次試験当日の朝、飛び降り自殺した。あれこれ心に去来するものはあったけれど、その際、ひとつだけ決めたのは、どんな事があっても、自殺はやめよう、ということ。幸いにも、それから今までちゃんと生きている。上記の一節を読んで、以前に、この本を読んだ時、本当にそうだよなと深く頷いたことを、懐かしくもまた思い出した。

それにしても、これを書いた中島らも自身が、もうこの世にいないとは、なんだかちょっと信じられない気がするのであった。

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