97年から書き続けたweb日記を、このたびブログに移行。
「差別と日本人」
野中広務と辛淑玉の対談、「差別と日本人」読了。

以前読んだ「差別と権力」は、京都の被差別部落に生まれた野中広務が、いかにして政治の世界で官房長官にまで登りつめたかの半生を描いた本だったが、実に面白い本だった。

この本は、同じく差別を受けてきた在日の辛淑玉が、野中広務と対談し、野中の政治家としての足跡を辿りながら、日本に存在する差別の実態について語るという本。辛が、差別反対、反権力とするなら、野中は、差別反対は同じでも、権力の階段を登ってきた男であり、その微妙な違いが、対談に深みと陰影を与えている。

野中自身は弱者に対する救済には熱心で、ハンセン病や従軍朝鮮人兵士保障の問題も手がけたが、反面、同和利権については明確に糾弾し、その撤廃に全力を尽くしたというのも、自らの能力と才覚だけを頼りに階段を登ってきた野中の矜持を感じさせるエピソード。

辛淑玉は、今までよく知らなかったが、同和問題だけに留まらず、ありとあらゆる差別に対して憎悪を抱き、眉を逆立てて糾弾する、正義感にあふれた実に怖いオバさんである。

彼女の舌鋒は鋭い。彼女は斬る。後ろからではなく、真正面から。小刀で、えぐりこむように腹を突く。それが、日本人として我々の感じるべき痛みだというのなら、我々はその痛みを受け止める義務があるのかもしれない。

どんな差別も許さないという理念とその活動は尊敬に値するが、日本名で暮らしてよいかと聞きに来て、最後は帰化した辛の老母や、結局うまくゆかなかった事実婚の連れ合いとの話などこの本で読むと、とことんまで正義を希求するその行動というのは、実に周りからしたらしんどいものなのだろうと、別な意味の感慨も抱く。

野中は逆に差別問題に関しても、理想家ではなく実務家であり、ある意味割り切りよく、あれはあれ、これはこれ、できることだけやる、とあっけらかんとした割り切りに徹したところがあり、その違いもまた実に興味深い。

日本では、同和問題こそ、ひところよりは落ち着いたと思うのだが、いまだに多くの差別が残っているのは事実。ネットで、「ネットウヨ」や「嫌韓」の、どうにも頭の悪そうな言論など見ると、日本人に生まれたという以外、人に誇れることが無く、実社会では虐げられている気の毒な層が、昨今の格差拡大によって日本人に増大しており、それが日本国内で、憎悪と差別を拡大再生産してゆくのではないかと、ちょっと心配になるくらいだ。

まあ、しかし、日本の中だけで日本人だと威張っていても、欧米に出れば、中国人、朝鮮人と十把ひとからげで、イエローに過ぎないのだが。

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コメント
この記事へのコメント
そう言う、あなたも保守派の日本人をひと括りにし、差別しているんじゃないですか?
少なくとも、保守派の私にはあなたのその文章から、右派を「ネットウヨ・嫌韓」と決めつけ、一つの「社会不適格者」の枠にはめようとしているように読み取れます。
あなたが仮にそれを否定しても差別は主張した者勝ちな側面があります。あなたは、いま右派思想者を意識的にしろ、無意識的にしろ差別していますよ。

差別を肯定するつもりは毛頭ありません。しかし差別は自然発生するものばかりではありまえん。原因のある差別もあります。そのような差別では本題の本質的を抜きにして、あなたが特論を展開しても、互いが理解しあえるはずも無く、あなたの望むような、理想の社会は実現しないでしょう。
2009/10/21(水) 19:10:25 | URL | yamacchi #-[ 編集]
>yamacchi様

コメントありがとうございます。

左翼思想にかぶれたことは一度もありませんし、いつか理想の社会が到来するなんて幻想も持ち合わせておりません。自分自身の考えは、むしろ保守の枠内に収まるのではとも考えているのです。

ただ、ネットウヨや嫌韓が愚かであるという感想は変わりません。それもまた差別と言われれば、そのとおりなのかもしれませんが。。

しかし、考えてみるに、私は彼らを憎悪している訳ではなく、むしろ、なんだか気の毒に思っている。その点が、普通の差別感情と若干違うのではと、そんなことを思います。
2009/10/22(木) 02:45:47 | URL | Y. Horiucci #-[ 編集]
私は韓国が嫌いですので、あなたの指す「嫌韓」に当てはまるのかもしれませんが、自分を愚かだと思っておりませんし、そのような事言われる筋合いもありません。むしろ、偏向のない正常な判断をしていると自負しています。私は「嫌韓」であって「反韓」ではありません。韓国に対して思考停止している訳でもありません。しかし、今の韓国社会の対日姿勢を観る限り、到底友好的にはなれません。例をあげれば、日本の大使の前で披露した広島原子爆弾酒、日本文化の韓国起源説、客観的に観る事のできない歴史認識等、外交関係を築く上で大前提であるはずの国を尊重する姿勢が、全く感じられないからです。
米国が嫌いな日本人にいるように、韓国が嫌悪感を抱く人がいたとしても、当然の如く許容の範疇じゃないのでしょうか?
あなたは、米国が嫌いだと言うだけで、その人を愚かだと思いますか?
2009/10/23(金) 20:20:25 | URL | yamacchi #-[ 編集]
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