97年から書き続けたweb日記を、このたびブログに移行。
「山口瞳 対談集」
「山口瞳対談集」(1)から(3)を同時に購入。目次を見ながら気になったものから拾い読みしてるのだが、これが実に面白い。

(1)ではまず、池波正太郎との「我ら頑固者にあらず」対談が秀逸。俺達が頑固者なんじゃない、他人に気働きをしなくなった今の連中のほうがおかしいんだ、と意見一致して悲憤慷慨するさまが、誠に印象的。

山口を、「命がけの僻論家」と称する司馬遼太郎との「東京・大阪、我らは異人種」対談は、この対談集の中でも白眉の出来。東京嫌いの司馬、大阪嫌いの山口が、ガップリ四つに組んで、関西と関東の違いを倦まずに語る。

生理的に受け入れられないものを、「東京人の考えじゃない」、「関西風だから嫌なんだ」、「田舎者だ」と一刀両断する山口瞳の価値判断は、損すらもあえて引き受ける痩せ我慢でもあると思うが、その潔さがいかにも東京人。山口の指摘を柔らかに受け止め、関東、関西の良いところ、悪いところを併せ呑むようなフトコロを見せながら、結局のところ関西への思いを語る司馬遼太郎も、実に味わい深い。

私自身は神戸生まれ神戸育ちではあるけれど、社会に出てからはずっと関東文化圏で生活してきたから、どちらの主張も身に染むものばかり。最近は日本全体の均質化が昔よりも進んだろうが、それでもなお、関西と関東の感性はずいぶん違うのだよなあ。

生涯の師であった高橋義孝との対談も、枯れた味わいがあって面白いし、野球の長島茂雄や王貞治、将棋の大山康晴など、各界著名人との対談でも、山口瞳の哲学や趣味がそのまま現れて、なるほどねえ、と頷ける話多し。

山口瞳がホストの対談と、ゲストに呼ばれた対談が混在してるのも、読み進めるうちに趣が変わって、なかなかよい。

山口瞳のエッセイには一頃傾倒してずいぶん読んだから、初見の対談でも、初めて読んだ気がしない。昔からよく知ってる親戚のジイサマが話してるのを、「ああ、また言ってるよ」と頷きながら聞く如き懐かしい感慨あり。

しかし、山口瞳が亡くなったのは95年。もう14年も経つとは、にわかに信じ難い気がする。

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