97年から書き続けたweb日記を、このたびブログに移行。
寿司日記番外編 大塚紀行 「鮨勝」~「江戸一」~そして銀座へ
毎夜飲んでると更新が追いつかない。アップしてない寿司日記Backlogがいくつもあるのだが、今回は、寿司日記番外編として、大塚紀行を。

昔々、旧日記猿人系のオフを新宿でやった際、私のページをいつも読んで頂いているWさんが参加された。学生やら主婦やらサラリーマンやら集まった、横から見たら訳のわからないメンバーの中でも最年長であったが、明るい方で、あれこれ歓談して実に楽しい時を過ごした。ブログなんて言葉すらなかった頃だが、当時は面白かったなあ。あれは何年前だったか。

その後、築地の「つかさ」で寿司をご一緒したりもしたのだが、今回帰国にあたり、そのWさんからメールがあり、昔から懇意にしてる大塚の寿司屋に誘って頂いた。月曜夕方に大塚駅で待ち合わせ。Wさんは昔と変わらず闊達、かつお元気そうでなにより。

駅から寿司屋まで歩きながら、大塚駅のこの一帯は、昔の三業地(花街)であったことなど興味深く聞く。連れてっていただいたのは、この近辺で働いておられたときから、ずっと通われてたという「鮨勝」。大塚駅から徒歩数分。こんなところに店があるのかと思う路地を入り、ラブホテルの裏という、若干微妙なロケーションであるが、昭和の雰囲気を今に残した風情ある古い家屋。建ってからもうかれこれ60年になると。

ガラスケースの無いつけ台は、昔の屋台風を残しているような、これまた風情あるもの。ハイネケンで乾杯した後、三千盛の「お手軽(?)」大吟醸を頂きながら、先付けの、アンキモとカラスミ。

親方は、まさに円熟期を迎えている職人。しかし、気難しいところはまったくなく、真摯な受け答え。ご老齢の母親と2人で店を仕切られているのだが、この母上はもうずいぶんなお年。それにしては実に元気なもので、それにもビックリ。やはり毎日気を張って働いているからだろうか。

昔読んだ山口瞳の旅エッセイに、一生懸命にヨチヨチ歩きで酒を運んでくる、童女のような老女に旅の旅館で遭った話が出てくるのだが、そんな話を思い出したり。しかし、親方のほうは「早くしろよ」と叱ったり、さすがに親子ゆえの遠慮無さがあり、そんなところもまた面白い。

まずヒラメをつまみで。深い光が宿ったような身肉は旨み十分。ホワイトボードにあれこれ書かれたお勧めや、後で入店した常連へのお勧めを聞いても、しっかり吟味して材料を仕入れしていることがよく分かる。煮タコは古式を残した風味あるツメをつけて。

握りでは、ヒラメ、キス昆布〆、赤身、コハダなど。酢飯の味は軽めだが、くどい甘さなく、柔らかすぎることもない。口中でほぐれる具合も心地よい。コハダは柔らかい〆だが、この店の酢飯にちょうどあう塩梅。生のシャコも、お勧めというので貰ったが、車海老と見間違えるほど大きなもの。イセエビの刺身のような甘味あり。生のシャコがこんな味するとは知らなかった。近くにあったら通いたい店である。

鮨勝の後で、もう一軒立ち寄ったのが、同じく大塚にある居酒屋、「江戸一」。昭和一桁という女将が元気に仕切る居酒屋。店を入ったとたんの賑やかさ、コの字型のカウンタに鈴なりになった満席の客を見て、ここがよい店だということがハッキリと分かる。浅草や向島もそうだが、昔の三業地には、粋な店がたくさんあるのだなあ。

このあたりでもうずいぶんお酒が回ってきた。奥のテーブルに陣取り、Wさんの奥さんや娘さんも合流して、樽の香りが残る白鷹など飲んで宴会状態に。日本酒どれだけ飲んだか覚えてないが、実に楽しい至福の時を過ごした。

そこを出てから、更に同じメンバーでタクシー乗って銀座まで。8丁目のバーで、ジン・マティーニなど頂いた後、山崎のロックを飲んだのだったか。バーを出てから「よいお年を」とWさんご一家に挨拶して、千鳥足でホテルまで。

翌朝、二日酔いで目が覚めて青ざめたのが、前夜は、Wさんにすっかりご馳走になり、一円たりとも払った記憶が無いこと。いったい何やってんだ私は。あかんがな(笑) (以下私信)次回帰国時には、私のほうで皆様ご招待しますので、今回はご勘弁を(笑)

Wさんは、俳句をおやりになり、俳句雑誌に書かれた文章のコピーなども頂いて興味深く拝見したのだが、居酒屋「江戸一」について書かれたエッセイに掲げられた中の一句を引用しておこう。

意味のない会話の至福青時雨

よい寿司屋、よい居酒屋、そしてよいバー。そしてよき出会い。そう、すべてこの世の至福である。
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