97年から書き続けたweb日記を、このたびブログに移行。
「灘校 なぜ「日本一」であり続けるのか」
「灘校 なぜ「日本一」であり続けるのか」読了。

「灘校」あるいは「灘」とは、神戸出身者なら誰でも知ってる名前。東大合格者ランキングでもずっとトップレベルを維持する全国有数の受験校、灘中学・灘高校を合わせた総称である。中高6年の一貫教育をする私立の男子校。

この本は、地方の学校である「灘校」が、なぜ「受験界の王者」として長年君臨しているのか、その要因を分析し、卒業生達の進路を探り、そして他の日本の名門校などとの比較を語るというルポルタージュ。

著者自身が高校からの灘校出身なのであるが、大上段に構えた問題意識などは希薄で、「灘」というある種異色の学校の歴史や卒業生を興味深く振り返る読み物となっている。

灘校の生徒には、東大、それも理科系の志望が圧倒的。東大進学者は多いが、官僚になる者は少ない。卒業生の医師や大学研究者がたいへん多いなど、灘校卒業生の分析も、なかなか興味深いもの。異色のOB紹介という項があるのだが、中島らもが出てないのは、既に故人だからか、あるいはあまりに異色すぎるからか。

旧制中学の時代には、灘は公立の神戸一中の後塵を拝しており、一中に落ちた生徒が行く学校であった。これは、本書冒頭にも書かれているが、戦前の灘中卒業生である遠藤周作が自分のエッセイにも書いていた話。

それでは、なぜ、灘が進学校として一中を追い越し、果ては全国トップに立つようになったのか。著者は、(1)初代校長の「灘を日本一の学校にする」という決意の元、一中に追いつき追い越せとの学校側の継続努力があったこと、(2)学制改革により、公立の旧制中学が3年制の新制高校に再編され、新制中学と分断されたのに対して、私立の灘は中高一貫の男子校として存続したこと、(3)兵庫県の学区制の改変によって、新制神戸高校の学区が小さくなり、公立高校の入学生徒の水準が落ちたこと、などの要因を揚げている。

公立高校の学区制については、「15の春は泣かせない」をスローガンに、小学区制による高校全入を唱えた京都の蜷川府政下で、京都の公立高校の学力水準が大きく低下し、「18の春に泣く」ことになったなどとも昔は言われたっけ。

公立の教育に、どれだけ受験という競争原理を取り込み、学校間格差も是認するかというのは、教育行政上、実に難しい問題。しかし、私学に行かなければ受験について行けないというのでは、教育の機会均等からも問題だと思うのだが。

余談ながら私の母校は、戦後、灘校に、あっという間に追い抜かされたという、その旧制神戸一中、すなわち新制の神戸高校なのであった(笑)。

私の在学中も、一応国公立にずいぶん合格者を出している県立の進学校だし、自由な雰囲気のよい高校ではあったのだが、こと受検に関しては、灘校のレベルとは比較にならなかった。後塵を拝するというより、灘校は遥か彼方に消え去り、姿がもう見えないという感じだったなあ(笑)。

ちょうど漢詩でいうなら、「孤帆の遠影碧空に尽き 唯見る長江の天際に流るるを」といったところか。





関連記事
スポンサーサイト
コメント
この記事へのコメント
コメントを投稿する
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可する
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL
この記事へのトラックバック