97年から書き続けたweb日記を、このたびブログに移行。
「味憶めぐり―伝えたい本寸法の味」
「味憶めぐり―伝えたい本寸法の味」読了。時代小説は読まないので、山本一力の本を読むのはこの食に関するエッセイが始めて。

「味憶(みおく)」とは著者の造語。人生で巡りあった幾多の人々と、巡りあった幾多の店、味にまつわる記憶を綴ったエッセイ。

「予約無用、安くて美味くて元気が出る24のお店!」と帯にあるが、グルメ・ガイドではなく、著者の記憶に残る店を巡る追憶の旅。若い頃の想い出が多いので、下町の中華や定食屋、洋食など肩肘張らずに入れる店中心に、現在まで残っている老舗が多い。

著者の月給が2万円5千円だった頃、取引先の課長に一度だけ連れて行ってもらった築地「寿司岩」が忘れられず、賞与が入った後に行って、女将さんに事情を話したら、ある金額を告げられ、「あなたが偉くなるまでは、その金額で、いつでも食べにいらっしゃい」と言われたエピソードなど、印象的なエピソードが随所に。

そういえば、里見真三が書いてたのだったか、昔、貧乏学生の時、東京駅で汽車を待つ間に、思い切って八重洲の「おけい寿司」に飛び込んだが、自分があまりにも場違いに思えて立ちすくみ、すごすご帰ろうとした。その時、当時のつけ場に立っていた名人、新家安蔵が、「兄ちゃん、いいから座って食べてきなよ」と里見を座らせ、格安で一人前を握ってくれたのだという。昔の寿司屋では、そんなことがあったんだなあ。

著者とは年代も違うし、住んでた世界も違うから、ここに書かれた店そのものには行ったことがないし、思い入れなし。しかし、食の記憶というのはいつでも、その店に一緒に行った人やら、その当時の仕事、年齢、収入、住んでた場などの記憶と、常に分かち難く結びついている。

自分の場合と照らし合わせて、やきそばだったら、中華なら、洋食なら、ウナギなら、とんかつならと、今まで経験した中で忘れ難い自分なりの思い出の一品と店を、あれこれ考えるのも、なかなか楽しいものなのであった。

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