97年から書き続けたweb日記を、このたびブログに移行。
大相撲五月場所初日観戦、写真日記
大相撲五月場所初日を国技館にて観戦。備忘のために写真日記を。

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前日は雨だったがこの日はなんとか雨は降らない模様。

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モギリの親方に取り組み表を貰って入り口を入ると、何時もは無い手荷物検査の列が。館内に入ると貴賓席に続く通路にフカフカの絨毯が引かれ、カバーで覆われている。これは前に遭遇した天覧相撲と同じ。しかし1月場所初日が天覧だったし、果たして5月もそうなのかな。

二階の貴賓席を覗いてみると、アレ? 貴賓席に椅子が3つある。理事長は後ろに座るはず。だとすると、天皇陛下ではなく、皇太子殿下ご夫妻と愛子様なのか。今まであったっけ。

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横綱4名の等身大パネルは明日から一階に展示されるらしいが、今回は貴賓席使うので二階正面側に。

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二階席西側の売店では、やはり琴奨菊弁当は無くなっている。1月場所にここに来て、大関陥落が決まった琴奨菊の弁当が5月には無くなるのかねと売り子のオバちゃんに尋ねたら、「いや、10勝したら戻るから!」、「そうそう、勝負だから何おこるか分かんないよ」と元気だったのだが、やはり陥落すると例外は無いのですな。他の売店では売っている照ノ富士弁当がここには売ってないのは、先場所変化して琴奨菊大関復帰に引導を渡した照ノ富士への無言の抗議か(笑)

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何時もは「雷電」でちゃんこ定食を食するのだが10分前に行くと既に長蛇の列。これはアカンと日馬富士弁当を購入して腹拵え。

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稀勢の里の結びには懸賞がずいぶんかかってますなあ。

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この天皇賜杯は今場所誰の胸に。

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二階席Aであるが、土俵はちょっと遠く感じる。この日は外国人の観客も多かったなあ。

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三段目でこの人が出ると必ず見てしまうなあ(笑) 上にも上がらないが下にも行かず、いつも同じくらいの所で取っているというのもなかなか出来ないことだ。

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今回除幕される優勝額は2枚とも稀勢の里のもの。1枚は大関の姿、そして1枚は横綱。正面側に設置されている。

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しばし外で力士の入り待ちなど。宇良の着物は天狗の模様。栃煌山のマッチョ歩きは相変わらず良い。実は荒くれではなく真面目な力士。某スポーツ新聞の力士紹介では趣味が「読書」と書いてあった。読書て(笑)

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貴源治は初関取の初勝利。若い関取なので頑張ってもらいたい。

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協会ご挨拶。四横綱揃って壮観ですな。

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貴賓席辺りを事前にセキュリテイ・チェックしていたのだが、この時点で既に椅子はさっきの三席から二席に。あれれ?

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幕内土俵入り。

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先場所は、本場所での初めての稀勢の里土俵入りと横綱初勝利を見物に大阪場所初日を観戦したのだが、この日は東京本場所初めての稀勢の里土俵入り。東京本場所初勝利は残念ながら目にすることはできなかった。

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先場所の天皇賜杯、優勝旗返還に続き、一月場所、三月場所二枚の優勝額除幕式。全て稀勢の里の独壇場。万雷の拍手。素晴らしい。ただ今場所は怪我の具合がなあ。

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中入り後、幕内前半戦が終わって勝負審判の交代時に、貴賓席に皇太子殿下妃殿下が入場。天覧相撲は時折あるが皇太子殿下の来賓は久しぶりらしいが。まあ昭和天皇は確かに相撲が好きだったらしいが、今上天皇と皇太子はそんなに相撲が好きなのかな。理事長は後ろに控えて時折ご進講。さすがに「どすこいFM」は聞いていない模様(笑)

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明らかに傷は癒えていない様子だが、東の正横綱として、初日に初めて東から結びの一番の土俵に登る稀勢の里。なんとか勝利してくれと思ったが。

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嘉風は突き押しの相撲で、突いたり叩いたり、時として横に変わったりいなしたりを繰り返して勝機を見出すワチャワチャした相撲。普通は最初から四ツに組んで右から相手を絞り上げたりしない。今日は稀勢の里の痛めた左腕を標的に、右から執拗におっつけて攻めた。勿論反則でも何でもない。痛かったら出場した方の責任。負けるほうが悪い。ただ、やはり嘉風は嫌な野郎だ。そう思うのはこっちの勝手(笑)

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弓取り式の後、皇太子殿下妃殿下は満場の拍手の中、四方に手を振って会場を後に。初日は終わった。やはり稀勢の里は無理だったかという寂しい気分と共に。



豊洲新市場から環状2号を追って
何時でも徒歩で行ける距離にあるからか、今まで話題になっていた豊洲新市場は見たことがなかった。今度どうなるかはまだ
不透明だが、一度見ておくかとGW中に。

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巨大な建築物が完成しているのだが、人の気配は無く静まり返っている。近未来的な廃墟感あり。移転しない選択はあり得ないと思うが、万一そうなったら、映画の撮影場所に貸し出したら良いのでは。

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ゆりかもめ市場前駅から晴海方面に伸びる道路はもう既に完成しているが、閉鎖中。案内板見ると、ここが市場移転とセットになって工事が棚上げになっている環状2号道路だった。築地までどれくらい完成しているのか、ちょっと気になって散歩がてらチェックに。

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晴海通りにかかった橋から見ると、晴海に渡る橋は既に完成している。

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つつじが咲き誇る晴海側への降り口。しかし勿論入り口は閉鎖中。

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回りには選手村建築予定地などあり、工事は部分的に進行中のようだ。しかし間に合うのかね。

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晴海側から勝どきに向かう道路も既に完成している模様。しかし入れないよう閉鎖中。

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勝どきに渡る橋も既にかかっているのを確認。

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勝どきでは、道路は地上に接続せず、高架のまま通過してゆくようだ。横は超高層マンションだから、あらかじめ道路予定地として建築したのだろうが、今のところまったく使用しておらず随分と無駄な気が。

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勝どきから築地市場には、まだ橋は掛かっていないと思っていたが、既に橋はかかっていたのであった。偶に通るけれども注意を払ってなかったから気づかなかったよ(笑)

勝どき橋を渡ると築地市場。今日はGW中の開業日で、結構観光客が集まっている。市場の中への出入りは自由。もう昼近く。既にセリが終わって商売はほぼ終了しており空いてきているが、それでもターレーや軽トラは尋常ではない鉄火な勢いで走るので、注意が必要。

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来たのは初めてではないが、発泡スチロールの大量使用も、オープンエアで仲卸店先の温度管理が出来ていない事も一部の理由だろうし、衛生面や耐震などの安全面でも色々と問題あるのは明らか。早めに豊洲移転を決したほうがよいと思うが。

地下水とは遮断されており、科学的には安全面で問題があるとは思わないが、合理的思考ではない日本的な「穢れ」意識が既に染み込んでしまった。小池知事がボランティア洗浄隊と、豊洲新市場の床を全部拭き清めて、床を舐めてみせ、神主にお祓いとかしてもらうくらいしか落とし所ないのでは(笑)

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築地市場の奥に進んで行くと、豊洲新市場から晴海、勝どきを通って、既に道路が到達しているのを確認。あとはこれから汐留や虎ノ門方面へのアクセスだと思うが、工事はストップしているのだろうか。

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環状2号の工事案内板を見ると、道路は確かに青果市場と魚市場をかすめるが、ほんの少し。撤去してから工事するのではなく、市場内の場所をやりくりすれば、たとえ移転判断がズレても道路だけ先に完成させることは不可能では無いようにも思えるのだが。

近くでもほとんど見たことがない場所があって、実際に行くと実に興味深い。GW中の小さな徒歩旅行だった。

歌舞伎座五月團菊祭、夜の部。
土曜日は、歌舞伎座五月團菊祭、夜の部に。

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開演前には係員が「携帯は主電源からお切り下さい」と案内して回るが、直前までスマホをいじってそのままバッグに入れる女性を何人見たことか。むしろ切ってない者のほうが多いのではないかと思うくらい。しかし、この日歌舞伎座で隣にいた杖ついた婆様は、開演前の係員の呼びかけに思い出したか、巾着袋からガラケーを取り出してちゃんと電源を切って居た。偉い! 電子音が鳴るのは電話かかって来た時だけじゃないからなあ。

渋い和風の祝幕。

最初の演目は「壽曽我対面(ことぶきそがのたいめん )」

初代坂東楽善、九代目坂東彦三郎、三代目坂東亀の 蔵襲名披露狂言であり、新彦三郎の長男、六代目坂東亀三郎の初舞台。江戸庶民が愛好した曽我物のうち、新年慶賀の演目として有名。大した筋書きは無く、派手で目出度い場面を寿ぐ狂言。

菊五郎の工藤祐経は初役なのだそうだが、懐が深く、兄弟の真剣さを見て取り、狩場の通行手形を渡し、お役目が終わったなら討たれてやろうと再会を約する大人物を堂々たる風格で演じる。

小林朝比奈を楽善、曽我五郎を彦三郎、近江小藤太を亀蔵と親子二代で演じる。この一家は皆声が良い。楽善も年齢に似合わぬ太いしっかりした声。彦三郎はもともとキッパリした口跡にもってきて、声が大音声で歌舞伎座隅々にまで響き渡るかのよう。ちょっとセーブしないとあの声では楽まで持たないのでは。

萬次郎は婆様という印象しかなかったが、大磯の虎で中心に来ると、これはこれで成立している。女形の凄み。梅枝も美しい。曽我対面はあれよあれよと大団円に。大詰めで全員が絵のように決まる場面は無く、そのまま移動して襲名披露口上に。俳優があちこちに散っている月でもあるし、襲名名籍の格ということもあるのだろうが、居並ぶのは菊五郎劇団中心の控え目なもの。しかし真情溢れる挨拶でキッチリまとまった。六代目坂東亀三郎は4歳なのだそうだが立派に同座。観客席からは温かい拍手が沸く。

ここで30分の幕間。いつも通り花篭で「お祝い御膳」。

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次の演目は、「伽羅先代萩(めいぼくせんだいはぎ)」。御殿、床下、対決、刃傷。

今回は御殿での「飯炊き」無し。この後亀蔵襲名披露の舞踊もあるから時間短縮の意味もあるか。菊之助の政岡は9年ぶり2度目とか。貫目のある立ち女形の役であるから健闘なるも大変だろう。

乳人として仕える若君を護るために、自らの子供が殺され悲鳴を上げている時にも一切表情に表さずに耐えた気丈な政岡のドラマは原作が良く出来ているから実に印象的に成立しているのだが、玉三郎がやる時と比べると、何かサラサラとして八汐の歌六だけが目立ったなあという気が。

海老蔵の仁木弾正は、床下、すっぽんからの出などでは妖気漂い、凄みのある眼力もあって立派に成立しているのだが、対決で梅玉と一緒に出ると、急に軽量な気がする。梅玉が泰然自若として大きいのもある。まあストーリー上でもやり込められる役だから、そう見せているのかもしれないが。刃傷ではかなり迫力が復活するのだが。

以前の歌舞伎座、吉右衛門の仁木弾正を観た時に、「床下」花道の引っ込みは雲に乗っているが如く去るのだとイヤホンガイドで解説があり、観ていると本当にそう見えてオオと感心した。身体の微妙な上下動を、同じリズムでなくランダムに繰り返すような動き。書くと簡単だが実際に花道でやるのはとてつもなく難しい。ただ、本日の海老蔵はそんな風ではなく、ただゆっくりと花道を下がるようにしか見えなかった。まあ色々型があるのだろうか。

途中の休憩と次の演目との休憩がそれぞれ10分しかないので女性化粧室は混雑して大変だったのでは。ただ横の婆様は杖ついてヨロヨロと席を立つのだが、開演前にはキッチリと余裕を持って席に戻っている。手練である(笑)

最後の演目は、「四変化 弥生の花浅草祭(やよいのはなあさくさまつり )」

新亀蔵が松緑と共に早変わりで設定を変えて踊る舞踊。恥ずかしながら亀蔵を認識したのは「らくだ」からだが、身体能力が高く舞踊がきっちりしているのには感心。通人の軽やかな風情もよろしい。そしてこの舞踊劇を牽引するのは、松緑が実に楽しそうに踊っていること。最後の「石橋」毛振りでは、松緑は鬼神が乗り移ったかの如き奮闘。亀蔵も、観客が拍手に疲れるほど毛を振り続ける。45分の舞踊の最後に毛振りなんだから歌舞伎役者の体力には驚かされる。

一階席前方では、亀蔵のファンなのか、時折、「よいしょ~!」と女性の声。横綱土俵入りかと思った(笑)あんな掛け声もあるんだ。この女性は屋号以外にも、「待ってました」「大当たり」と好き放題に声を出していたが、ま、しかし色々規格外のような(笑)

夜の部打ち出しは9時を若干過ぎる。襲名披露も初舞台も團菊揃い踏みの大作もあるから盛り沢山でお得な気がする興行。

歌舞伎座、五月團菊祭昼の部を観た
GW終盤戦。木曜日は、歌舞伎座五月團菊祭昼の部に。

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昼の部は3演目とも以前に他の役者で観た事あり。毎月歌舞伎座に通いだしたのは2014年の2月からだが、そろそろ二周目に入ってきた感じか。もちろん何周も回り続けて、ほとんどが何度も観た演目というのが歌舞伎通の見巧者という事なんだろうけれども。ほとんどの演目は観たという所まで来たら、二等席や三等席でもよいのだが。最初に勉強するにはコストがかかる。

今月は、明治期に始まった「團菊祭」であって、七世尾上梅幸、十七世市村羽左衛門の追善公演。そして、初代坂東楽善、九代目坂東彦三郎、三代目坂東亀蔵襲名披露。また、彦三郎息子が亀三郎を名乗って初舞台。そして、尾上菊五郎の孫、寺島しのぶの息子の寺嶋眞秀が初お目見得と、何が何やら分からないほど賑やかに満艦飾の公演。

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二階の売店でスパークリングワインを貰ってソファに座り、筋書きを事前にチェック。最近、アバンギャルドな派手派手系が目立った祝い幕は、今回上品な和風であるが、真ん中の紋はなんだかJALを思い出すよなあ(笑)

最初は、楽善、彦三郎、亀蔵襲名披露公演。「梶原平三誉石切(かじわらへいぞうほまれのいしきり )」。鶴ヶ岡八幡社頭の場。人形浄瑠璃から移された歌舞伎でも人気演目の時代物。以前歌舞伎座で、幸四郎、吉右衛門で見ているが今回は羽左衛門型での上演とのこと。

浅黄の幕が切って落とされるとそこは鎌倉の鶴ヶ岡八幡。音羽屋軍団総出の演目。大向こうも「音羽屋!」の声の嵐で、誰への掛け声かタイミングでしか分からないほど。

九代目彦三郎は、特長である歯切れの良い明朗な口跡で印象的な梶原平三。今回が初役だが立派に成立している。この役は、上演記録を見ても歌舞伎座では立役の大名題のお歴々しかやっていない役。祖父の追善と自らの襲名披露という好機で掴んだ大役を立派にこなした。赤っ面の俣野五郎も亀蔵の朗々たる良い声が立派に響いた。右近の梢もなかなか印象的。

二つ胴の試し切り部分も、幸四郎で見た時とちょっと違う。舞台大詰め、手水鉢を後ろから割り、そこから手水鉢を飛び越えて前に出て来るのは初めて見た型。確かに客席に背を向けて手水鉢を切るやり方よりは、今回の型の方が派手で収まりがよい。

菊之助が奴、松緑が剣菱呑助でお祝いを兼ねて同座する。呑助は普通酒づくしの台詞だが、今回は襲名や追善、初お目見得など、賑やかでお目出度い数々の趣向を寿ぎ、各々の名跡を入れ込んだ祝福の台詞となっており客席が暖かく沸く。女暫の下足番や「どんつく」の曲芸でもそうだったが、松緑はこの手の役を滑稽にやるべく真剣に演じるので、きちんと成立している。ふざけてやったら逆にダメなのだろう。

兄の彦三郎が主役の梶原平三を張るが、二歳違いでも弟の亀蔵は赤っ面の俣野五郎。襲名の序列というのは、お互いに立役やる限りはずっと変わらないのだろうか。兄弟が生まれると片方は女形やる例が多いのも分かる気がする。

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ここで30分の幕間。花篭で「襲名いわい膳」で一杯。

次は義経千本桜の内、舞踊劇である「吉野山(よしのやま)」の段。

藤十郎や染五郎が静御前を演じた公演を観たことがあるが、今回は舞台装置も演出もかなり印象が違う。というか毎回あれこれ違う気がするけれども(笑)團菊祭の次代を担う、海老蔵と菊之助が共演。意外にこの二人は共演が少ない気がするが。

吉野山全山に満開の桜と清流。静御前、菊之助の山道からの出は、美しいもののなんだか随分と動きがスローで年寄りじみた印象を受けたが、あれは山道を遥々やってきたという心持ちなのだろうか。しかし全体として静御前は比較的起伏に乏しく、淡々とやっている印象。

狐忠信、海老蔵は逆に元気で、踊りながら、妙に大仰に流し目くれたり目を剥いたり睨んだりと、顔面の演技が悪目立ちする程忙しい感があるが、他の役者もあんな風にやってたっけ。二人の絡みは一幅の絵のように美しく、全体として面白く、あっという間に時間が過ぎる。逸見藤太の男女蔵は、息抜きの軽妙な演技。花道七三の忠信から投げられる笠のキャッチはお見事。

切りの演目は、新皿屋舗月雨暈 「魚屋宗五郎 ( さかなやそうごろう )」

これも何度も観たことがある人気の世話物。菊五郎劇団のおハコ演目で、全員手慣れた調子で掛け合いもテンポよく演じられる。

菊五郎の孫である寺嶋眞秀が、初お目見得。酒屋の丁稚役。4歳だというが、しっかり台詞も言えて凄いね。菊五郎の宗五郎は自家薬籠中の役柄でこれまた手慣れたもの。時蔵の女房おはまも宗五郎との息がピッタリ。酸いも甘いも噛み分けた老練な家老、浦戸十左衛門には左團次が間然とするところなくはまり、松緑の殿様が最後を締める。

尾上菊五郎の孫、寺島しのぶの息子の寺嶋眞秀の初お目見得は、自分で酒樽を持って花道を歩いて登場。台詞もしっかり入っており大きな声で演じ、客席から大きな拍手が。4歳なのに凄いよなあ。

酒を飲み、酒に飲まれた酒乱の酔態とやらかす一大事が面白く、最後は目出度くハッピーエンドの大団円。打出しには好適な世話物狂言。若干時間は押したが、歌舞伎座を出てもまだ外は明るい。もう初夏だ。

熊本旅行後半、鹿児島半日紀行写真日記
まだまだ地震の影響は残っており、JRでは阿蘇のほうにはまだ行けない。熊本市街は大体路面電車と徒歩でずいぶんと回った。レンタカーして阿蘇まで行くのも億劫だなと思案。九州新幹線は博多から新大牟田までしか乗ったことがないので、鹿児島まで行ってみることにした。GWも前半で席もまだガラガラ。

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乗ってみて分かったのだが九州新幹線の熊本ー鹿児島間は8割がたがトンネル。いったんトンネルを出てもすぐにまたトンネルで景色もほとんど見えない。「ようこそ鹿児島へ」の看板が写真に写ったのは奇跡的(笑)

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鹿児島に来たらやはり「くろいわ」でラーメンを食さないと。鹿児島の市電とバスは、熊本と違いPASMOが使えない。駅から腹ごなしに歩いて天文館まで。快適な晩春の気候だ。

10時半の開店と同時に入店。妙に人が並んだりしていないのが良い。入店して入口のカウンタで先払いでプラスチックの食券を渡されるシステム。チャーシューメンを所望。お冷のグラスが二つあるように見えるのは、一つは焼酎だから。ここは鹿児島ですが、何か問題でも(笑)  スープはアッサリした旨みの豚骨で、絶妙にエッジの効いた塩加減。チャーシューも山盛り。実に旨かった。

食後はカロリー消費のため、照国神社から城山の遊歩道をブラブラと。霧島には何度も来ているが、城山に来たのはもう随分と前だなあ。

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照国神社の横から山道を上がった展望台は今回初めて来た。しかし霞がかかって桜島はうっすらとシルエットのみ。

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城山から下りる途中にある西郷どんの洞窟は、20年以上前に一度来た。降りて行く方向に対して右だったと言う記憶が何故か全く逆。自分自身の記憶すら自分を欺く。

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くろいわラーメン分くらいはカロリー消費したので、熊本にまた新幹線で。やはり経路ではほとんど携帯も圏外になる。山々を超えて熊本という感じだから、薩摩というのは、やはり地政学的にもわりと隔絶した地域だったのだなあ。

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熊本駅には巨大なくまモンが。

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熊本最後の夜は、市内繁華街、三年坂通のとうふ料理の店に。夕方早かったからかお客が誰も居らず、女将が、窓際の6人テーブルにどうぞどうぞと。球磨焼酎飲んでノンビリと。そのうち客も入って来た。

とうふ料理は一品頼んだが、後は辛子蓮根と馬刺し。馬鹿のひとつ覚えだけどw まあ東京に戻ると先ず食さないからなあ

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ほんの短い滞在だったが、熊本にお別れ。まあ「我が城」があるからまた様子を見に来よう。乗ったタクシーの運転手が陽気な爺さんで震災の時の話を色々聞けた。自分の家も内部が滅茶苦茶だったのに、報道機関のチャーターがあるから連日会社に呼び出され半月で2ヶ月半分働いたとか。

タクシーの無線は衛星を使っており携帯基地局が壊滅した益城町でも会社とは連絡がついた。安否連絡をしたい住民の伝言を会社経由で伝えてあげた事もあったとか。災害の時は覚えておかねば。震災から一ヶ月程したら各地から炊き出しがやって来た。東北から恩返しとして来た炊き出し隊の列に並び食べた温かい味噌汁は、今までで一番美味かった。あれは一生忘れられんです、と語った言葉が印象的。表面だけはずいぶん戻ったけれど、復興はまだまだですとも。

実際に直下型を経験した運転手の話は迫真。二度目の本震、携帯の地震速報は鳴ったがあっという間に信じられない縦揺れが来て、枕元の携帯は吹っ飛んだ。揺れが収まった時には冷蔵庫や箪笥や仏壇が無茶苦茶になった室内で何処にあるか分からなかった由。

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熊本空港の売店で馬刺しを購入。昨夜はこれを肴に一杯。冷蔵庫でちょうど良い具合に解凍。肉汁はあまり無いので切り分けに包丁の切れは要しない。サシがびっしり入っているが脂に癖は無く、噛み締めると赤身の旨みを引き立てて実に美味い。九州風の甘い醤油にニンニクを溶くタレもまた良いのだった。熊本は良い所だったなあ。もう勝手が分かったので、また行こう。

熊本で復興城主になった。 写真日記
先週の金曜からGWに突入。何処かに行こうかとは思っていたのだが、決めかねていたが、ちょっと前に熊本地震から丸一年の報道番組が結構放送され、一度熊本に行って熊本城の復興城主になるかとフライトと宿泊を手配したのだった。天草は以前ったことがあるが、熊本市内は初めて。

空港からタクシー乗ったが、車は片側2車線の並木道を走って行く。熊本はあちこちの緑が濃く多い印象。

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宿泊したのはJR熊本駅付近のホテル。まだチェックイン時間になっていないので、荷物だけ預けて取敢えず昼飯でもと市街に出る。熊本の路面電車はPASMOやSUICAが使えるのが実に便利。市内はどこでも170円均一なのだが、まず中央部の扉から乗った際に一度PASMOを読み込ませて、降りる時に車両前部の料金収納端末にまたカードをタッチして支払する形式。

まったく予備知識なくフラっと来たので、どこが繁華街なのかよく分からない。路面電車の電停に近づくたびにこの辺りに飲食店が集まっているかどうか、嗅覚を働かせて判断(笑) 祇園橋や河原町と聞くと京都の連想から盛り場かと思うのだが、どうも雰囲気が違う。辛島町まで来て、商店街のアーケードがあるので、そろそろ賑やかな場所ではと下車。

歩いてみると、この辺りから、花畑町、通街筋辺りまで商業街が続き、ちょっと横に入ると飲食店があるという雰囲気なのだった。ただ昼を結構過ぎており、なかなかピンとくる店がない。熊本ラーメンの店もあれこれあるのだが、これまたどこに入ってよいか分からない。放浪している内に、桂花ラーメン本店なるものに遭遇。新宿にある支店には何度か行ったことがあるが、そうか、ここが本店だったのか。

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入店して、新宿でも食した事のある太肉麺とビールを注文。入店すると愛想のよい、若干年配の店のお姉さんに、どうぞ此方にと言われてカウンタに腰掛けて注文したのだが、後から入ってくる客は入り口左の食券機で食券を買っているようだ。あれ? 場違いな事しちゃったかな。新宿店はどうだったっけ。

後から入ってくる客を観察しながらラーメンを食しているうちに、勘定書が置かれる。だとしたら食券で無くてよいのだよなあ。と思いながら食べ終えて、お勘定をお願いすると、愛想のよいお姉さんが入り口のレジで勘定を。「券売機を使わないといけなかったんだよね」と確認すると、「いえ、うちは本当にどちらでも良いんですよ。でも、お客さん、途中で気にされてたでしょ(笑) なんだかこっちが申し訳なくて」と明るく笑う。よくお客を見ているんだねえ。熊本に来たらまた寄ろう。しかしもうヘビーな太肉麺を旨いと感じる年齢は過ぎてしまったんだなという感慨が。

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熊本市役所の14階展望フロアに登って熊本城と市内を一望。しかし同じフロアで、いまだに震災補助金の申請受付が行われており、結構な人が訪れている。震災復興の様々な手続きもまだまだ完了していないのだと実感。

そこから熊本城に。本丸には入れない。二の丸公園周囲から観れるだけだが、回ってみると城壁や城塞には深刻な崩壊があちこちに。

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完全復旧には20年かかるというが、やはり石垣を再び組むのに時間がかかるのでは。仙台の青葉城址の石垣も、東日本大震災で崩れて大変だったようだが、同じ素材で同じものを組み上げるのは大変な労力が必要だろう。

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加藤神社から修理中の本丸を望む。瓦が全部落ちて実に痛ましい。

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そしてわずかながら寄付して復興一口城主に。城主証明書は後日郵送されるとのことだが、たとえ些細な比率でも、持分があるから「我が城」(笑)  完全復旧には時間がかかるだろうが、何年か後にでも、我が城の復旧度合いなど検分に来るか。

夜はどうするかと、再度熊本市内繁華街をブラブラしたが、やはり予備知識無しには選定困難。期待せずに、大外れも無かろうと、ホテル日航熊本「弁慶」の寿司カウンターに。しかし、素晴らしい地の魚や日本酒があれこれあり、サービスも実に良かった。

寿司 職人に聞くと、熊本日航ホテルは地場資本が経営。職人も地元で異動は無く、食材はなるべく地の物に拘ると言う。天草の、地タコ、ウニ、車海老、アジなど秀逸。五島列島のカリカリした噛み応えの生鯖など確かに九州は海産物の宝庫だ。天草のコハダは殆ど築地へ直行らしいが。

繁華街で良さげな寿司屋を探すも無かったと職人に言うと、寿司屋の数が減りましたと。しかし、「築地」を店名に冠する大規模チェインの24時間営業大規模店は、盛り場のあちこちに。熊本で「すしざんまい」や「すし鮮」もねえw 日本もどんどん画一化してゆく。

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帰りはブラブラと徒歩で帰宅。日も長くなった。

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熊本二日目。

熊本市電、A列車で行こう(笑)  路面電車が残る街は良い街だ。神戸にだって、昔々は走っていたが。都市の進化としては、地下鉄が出来ると路面電車が無くなるという流れなんだろうが、路面電車に乗ると、先を急ぐよりも、なんというかゆったりと時間が流れている気がする。

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昼間に行った水前寺公園。たまに昔の殿様が築いた日本庭園を訪問すると、その壮大さには驚くし、日本的情緒が溢れて実に落ち着きますな。水前寺清子は熊本の出身だったっけか。

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熊本市内の小泉八雲熊本旧居。松江に住んだのは有名だが、英語教師の職を得て熊本にも妻と住んでいたのであった。震災の影響で場所を制限して無料公開。海外の何処にも居場所を見つけられなかったラフカディオ・ハーンが東洋の片隅に見出した心の平安。人形の墓、耳なし芳一、果心居士、むじな、ちんちん小袴等々、八雲の感性が掴み取った日本の古譚は、今でも読み継がれている。

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昼は三年坂通の寿司屋カウンタで「郷土料理御膳」など。ビルになっており、寿司職人含めてインカムつけて指揮命令するような繁盛店。前に大相撲九州場所に行った時も同じような一軒建てビルの寿司屋があったなあ(笑)

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市内はあちこち歩き回ったが、動植物園は震災影響で平日は閉園、土日のみ入場地域を制限して無料開放と震災の影響はいまだに残る。復興募金箱に千円札を入れようとしていたら、窓口から職員の女性が顔出して「ありがとうございま~す! 頑張りま~
す!」と明るい笑顔で。明るく頑張る人がいる限り復興は大丈夫だ。

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熊本二日目の夜は、馬刺しと阿蘇産熟成赤牛の炭火焼き。馬刺しも極上だったが、ウェット・エイジングした阿赤牛が実に旨味が濃く素敵に美味かった。グラム数の違う部位が切り分けてあり、その日の一覧の中から、ではこの233gのをと指定して焼いてもらうシステム。

子供の頃、神戸東門筋にカウンタだけのステーキハウス「アトランティック」と云う店があり、時折親父に家族で連れて行って貰った。串に差した肉を石窯で焼いて居たのだが、感動するほど美味かったのを覚えている。値段も相当したらしいから、うちの親父もその頃は羽振り良かったんだな(笑)

でもって、何が言いたいかというと、この店の阿蘇産熟成赤牛の炭火焼きを食して、「ああ! アトランティックのステーキはまさにこの味だった!」と思った事を書き留めて置きたかったのだった。もう何十年も前で、当時は熟成肉なんて聞かなかったが、おそらくあの店の主人は、どうやっていたかは知らないが、今のウェット・エイジングと同じ旨味を引き出していたのだろう。しかし肉を食って、子供の頃の記憶が蘇るというのも実に不思議な体験。

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そうやって飲みつつも、一応は城主であるから、伸びた日の中、熊本城を視察してからホテルに帰るのであった(笑)



大相撲「町田巡業」観戦写真日記
先週の日曜日、町田市で行われた、「大相撲 町田場所」を見物に。

開場が朝8時と早いので、前乗りで前日に町田入り。小田急線沿線に住んで居たのはもう随分前。懐かしくて、実に乗車時間短いのだが、旅気分で新宿からロマンスカーなど乗ってみた。

駅前のホテルにチェックインして、夕飯でも食べに出るかとエレベーターでロビーに降りる。ドアが開くと前に、遠藤関が立っていたのでびっくり。前の日の巡業からバスで移動してきて、このホテルに投宿するらしい。御嶽海関もロビーに。巡業は力士との距離が近くで面白い。

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当日は朝8時に町田市総合体育館に。直ぐに入場が先頭で始まったが、もう長蛇の列。凄いねえ。

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席は西の花道すぐ横。力士が歩いて行くとズシンズシンと地響きがする。朝から幕下の公開稽古。土俵を降りても、貴公俊だろうか、花道にボタボタと汗が落ちて溜まるほど、四股や腕立て伏せなど身体を動かしていた。近くで見ると大きいなあ。

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しばらくすると幕内の稽古が。申し合いに三番、ぶつかり稽古。横綱白鵬は、貴景勝を指名して三番稽古。その後、ぶつかり景子でさんざん引きずり回し、大いに「可愛がって」、場内が沸く。

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稽古から引き上げる鶴竜に手を振った少年には障害が。目を止めた鶴竜は足を止め、身を屈めて少年と握手をした。真面目で心優しい横綱。そして大相撲では「現人神」ともいえる横綱であることの意味をきちんと分かっている。怪我で成績は上がっていないが、もう一花咲かせて欲しい。

巡業の際に赤ん坊を差し出す母親に気が付くと、日馬富士は必ず近寄って抱き上げる。白鵬は、災害被災地へ義援活動を続けている。モンゴルの横綱達に日本の大相撲は随分支えられているのだ。稀勢の里もこれから見習ってほしいが。

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売店があるかどうか不明だったので、事前に弁当券を購入。引き換えて腹ごしらえ。なかなか結構であった。館内ではレストランも開いていてお相撲さんたちで賑わっていたらしい。そっちに行ってもよかったなw

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当日の取組。相撲甚句も初っ切りも面白かった。

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大銀杏髪結い実演の後で花道を引き上げる北太樹。町田出身だけあって声援が盛大でご機嫌で手を振っていた。

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花相撲は、手に汗握って観戦する必要がないから気楽に観戦できて、これはこれで行楽として実に面白い。土日に行きやすい巡業があれば、また行ってもよいなあ。


歌舞伎座、四月大歌舞伎夜の部
土曜日は、歌舞伎座、四月大歌舞伎夜の部に。一階七列目だったのだが、前の席とその右がずっと来ないという実に見やすい環境。前の昼の部は、右前にとんでもなく座高が高い和装女性が座って往生したから、観劇の神様も帳尻合わせてくれたか(笑)

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最初は、近松門左衛門作の時代物人形浄瑠璃から由来の演目。「傾城反魂香(けいせいはんごんこう)」土佐将監閑居の場。傾城も反魂香も出て来ない段だけを切り取って上演するのだが、題名はケロっと「傾城反魂香」というのが歌舞伎独特の豪快さ。

吃音者の絵師又平が主人公で、通称「吃又(どもまた)」。舞台の台詞でも「吃り(どもり)」という言葉が普通に使われるのも、古い芸能である歌舞伎独特の大らかさであり、また豪快さでもあるのだが、放送禁止用語なので、NHK「にっぽんの芸能」では放映できないよなあ(笑) イヤホンガイドでも、さすがに憚ったか、「吃り」という言葉は使われてはいなかった。

絵から外に出た虎を「書き消す」。手水鉢の後ろに描いた絵が石を貫通して表に「抜ける」など、絵画の持つ独特の呪術性を活かした演出。あの手水鉢は、いったいどんな仕組みになっていたのだろうか。なかなか興味がある。

浮世又平後に土佐又平光起を吉右衛門、その女房おとくを義理の息子である菊之助。筋書きでは吉右衛門が「若い女房が持てて幸せです」と冗談を言って居る。

吉右衛門は、弟弟子に先を越された無念と断腸の思い、言葉が思う通りに出ない苦悶や焦燥を、重みはあるが実に自然に演じている。菊之助の女房おとくは、亭主の吃音と対照的なポンポン良く回る台詞廻しで鮮やかな印象を残す。歌六の土佐将監は堂々たる貫禄。注進役の又五郎、狩野雅楽之助は短い出だが切れ良く演じて印象的。最後の大団円は、絵筆の持つ奇跡の力でハッピーエンド。

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ここで30分の幕間。花篭で「さくら御膳」で一杯。

次の演目は、山城屋、成駒屋三代が共演する「桂川連理柵(かつらがわれんりのしがらみ)」。いわゆる「帯屋」。

18世紀に実際に京都で起こった、親子ほど年の離れた男女の心中事件に題材を取った「桂川物」。この世話物浄瑠璃を歌舞伎に移した作品。帯屋の主人、長右衛門を藤十郎、恋仲になる14歳の信濃屋娘お半を孫の壱太郎が演じる。

藤十郎は最近、置物のような出演しか見たことがなかったが、花道から普通に出て来るし、舞台でも演技しているのに感心。座の中心に座ると、ちゃんと上方の柔らか味と存在感がある。夫をかばう女房お絹の健気さを、扇雀が印象的に演じる。憎々しげに義兄を追い出す算段をする弟儀兵衛は染五郎。上方役者の中で勝手分からぬままに孤軍奮闘という形であるが、軽妙さはあまり感じないものの、こんな役も立派に演じている。

死を覚悟して出てゆくお半を、自らも死を選ぶために長右衛門が追って花道を去る。長右衛門と心中の約束をしながら裏切られた藝妓が、あの世から若い女にとり憑いて呼んだのだという、和事風味の一種のスリラー的ラスト。

切りの演目は、三代猿之助四十八撰の内、「奴道成寺(やっこどうじょうじ)」

道成寺物は人気舞踊劇なだけに種々のバリエーションあり、これは白拍子花子が、実は狂言師左近という奴であったという趣向。最初に所化坊主が大勢出て、白拍子が求めに応じて次々と舞を披露するという趣向はどの作品にも共通する骨格。手ぬぐい撒きもあったが近くに飛んで来なくてよかった(笑) 

猿之助は舞踊が達者で、この演目のしどころである三面の舞も賑やかに演じる。ただ、まあ、簡単そうに演じるが大変だなと思うものの、やんややんやの喝采を送るほど面白いとは思わないなあ。まあこれは私に舞踊を理解する素養が無いからだと思うのだが。

引き抜きやぶっかえしなどの派手な演出も印象的。紀伊の国、豪華な満面の桜を背景に、猿之助が鐘の上から舞台を睥睨して極まって賑やかにかつ盛大に打出し。

歌舞伎座、四月大歌舞伎昼の部
日曜日は、歌舞伎座四月大歌舞伎、昼の部に。小雨が降っているので面倒になり、タクシーで歌舞伎座横まで乗りつける。

四月大歌舞伎は発売日をスッカラカンに失念しており1週間前に戻りで取った花道脇の席。

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花道の出入りは迫力あるけれども、舞台中央はちょっと遠いか。おまけに座高に底力ある着物姿の中年女性が斜め前の席だったので、役者が中央に立つと演技は見えない。まあこればっかりは運ですな。

最初の演目は、満開の桜が美しい舞踊劇、「醍醐の花見(だいごのはなみ)」。栄華の絶頂の秀吉が、京都醍醐寺に桜の樹を700本も各地から運ばせて、実際に開いた花見の大宴が題材。

前の日に桜を観に行ったこともあり、舞台に咲き誇る満開の桜はちょうど今の季節にピッタリ。鴈治郎は体型が福々しいから栄華を誇る役によく似合う。

秀吉の側室同士が恋のさや当てをしながら、次々に舞を披露するのだが、舞踊の最中も全員がゆるゆると酒を酌み交わすという祝宴の目出度い演出。しかし、最後の部分では秀吉の最期を暗示する、咲き誇る桜の陰には隠れた死のイメージが。実際の史実でもこの祝宴の後に秀吉は没したという。壱太郎、尾上右近がなかなか印象的。


30分の幕間は花篭で「花車膳」。

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次の演目は、「伊勢音頭恋寝刃(いせおんどこいのねたば)」

「追駈け」から出るのは珍しいらしいが、「地蔵前」と続くこの場面での隼人は、真面目さは伝わるが、可笑しさはあんまり伝わらない。この人は全体に動きがカクカクしている印象。以前何かで花道での大見得を見て、これが実に感心しなかった。その時よりも勿論進歩していると思うけれども、大男だけに軽妙な所はあんまり無いよなあ。

「油屋」「奥庭」の舞台装置は、以前、勘九郎、玉三郎で観た際には、祝祭都市伊勢の過去の栄華を納得させる豪華絢爛な印象だったが、前の舞台装置もあんなだったっけ。なんだかそんなに煌びやかに見えないのだが。桃色の暖簾は記憶にあるけれども。

染五郎はこの手の役にはよく合っている。猿之助は、仲居万野のネチネチ嫌味な所を鮮やかに演じる。上手いもんだね。油屋お紺を演じる梅枝は、いまいち印象が薄く、縁切りの場面でも、なにかサラサラと終わってしまった。私が睡魔に襲われていたのかな(笑)

20分の幕間の後で、時代物の人気狂言、「一谷嫩軍記(いちのたにふたばぐんき)熊谷陣屋」。結構登場人物が多い世話物の後に、時代物の重たいのを持ってくるというのもちょっと見物には疲れる印象。

そもそもが一の谷の合戦の頃の源平の話だし、熊谷直実の陣屋は神戸の現在の生田神社辺りというから神戸出身としては親近感が沸く。背景は六甲山系だなと思ったり(まあ全然そんな感じではないのだが)

やはり何度も演じられた名作だけあって筋は良くできている。「一枝を切れば一指を切るべし」という制札一枚で主君の真意を「忖度して」(←最近また流行ってますなw)忠義のために敦盛を助け自らの子供を手にかける悲劇。日本人は昔から「忖度」が得意。勿論史実とは違うけれども昔の人形浄瑠璃作者は、このフィクションを源平の戦いに持ち込むことで、悲劇が交錯する壮大な物語を作り上げた。

集まった町人が制札を読むのはいつもの段どりだが、「弥陀六が来ている」だのどうだと言うのは初めて聞いた気がする。

何度も手掛けているだけあって、熊谷直実は、幸四郎が手慣れたもの。猿之助はここでも熊谷妻相模を熱演。一門も率いて、宙乗りもやって、女役の大役もこなすというのは実に大変だろう。女形一本でもいけるのではとも思うが、なかなか事情が許さんのでしょうな。女形で宙乗りというのもあんまり例がないだろうし(笑)

藤の方、高麗蔵も高貴さがあり相模との格の差を見せて無難に成立。染五郎の義経も似合っている。御曹司はよいよねえ。弥陀六の左團次も掌中に納めた本役。義経を昔助けたことによって平家の滅亡を招いてしまった後悔がよく分かる円熟。

熊谷最後の花道では、「高麗屋!」の大向うが嵐のよう。ただ「大当たり!」という調子乗りがいたが、あれは余計なんじゃないかな。「たっぷり!」というのも本来はかけるべきではないと聞く。まあ、大向こうは調子に乗ると失敗するのだろうなあ。

しかし、あんなに大向こうから声がかかったら、それはやはり気分が宜しくなって、さすがの幸四郎もやり過ぎるのでしょうな。大仰な泣き顔はちょっとクサいほどにくどかったかも。前回観た芝翫型が割とアッサリした切りであるから余計に花道が目立つのかな。

そういえば、大向うの中に、「鶏爺さん」が復活したような声を聞く。しかし人間、あれほど声の張りと声量が回復するものだろうか。やはり、若い世代の別人、「二代目鶏爺さん」なのだろうか。まあ、元より私も素人であるから、大向うの事情はサッパリ分からないのだが(笑)



赤坂大歌舞伎 「夢幻恋双紙 赤目転生」を観た。
土曜日の夜は「赤坂大歌舞伎」を見物に。TBS赤坂サカス辺りは出来てから初めて来た。天候はよろしくないが、桜があちこちで満開。

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会場は赤坂ACTシアター。付近は建物が入り組んでおり、何故かやたらに行列している人が多く、最初は違う列に並びかけた。

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劇場は割とこじんまりとしている。中村座の定式幕。設備も新しく綺麗だが、椅子は席間も狭くちょっと貧弱な印象あり、歌舞伎座の座席は素晴らしいなあと再認識。

演目は、蓬莱竜太 作・演出の新作歌舞伎「夢幻恋双紙(ゆめまぼろしかこいぞうし) 赤目の転生(あかめのてんせい)」

江戸時代の貧乏長屋に住む太郎(勘九郎)は、隣に越してきた貧乏一家の歌(七之助)に恋をする。病に伏せる父親と、与太者の兄に苦労する彼女を救いたいと夫婦になった太郎は、実は気が弱く、言い訳ばかりでやる気もなく、仕事をやっても続かないダメ男。どんどん転落してゆく太郎と歌の前に歌の兄が現れ、太郎は殺される。しかし太郎が意識を取り戻すと、彼は歌と初めて出会った子供時代に戻っていた。

それ以降も太郎は転生輪廻を繰り返す。勝ち気で上昇欲と支配欲の強い男、誰にでも好かれる他人思いの控え目な男。しかし何故か歌との関係はいつも上手く行かずに彼は転生を繰り返すことになる。勘九郎は違ったキャラクターの男を見事に演じ分ける。七之助と勘九郎の息もピッタリ。猿弥、鶴松、いてうも活き活きと幼馴染の友人たちを演じる。

舞台の背景は江戸世話物。登場人物の拵えも江戸世話物。切り絵調の舞台美術は斬新。回り舞台や花道は無いのだが、建物の方が別々に動かされて組み合わされたり、客席から観客が登場するなどの趣向が目新しい。病に苦しむ父親の横で七之助が衣装を何枚か脱いで行くだけで、時間の経過と生活の転落ぶりを現す演出にも感心した。歌舞伎の立廻りや肝心な見得で打たれる「ツケ」についてはちゃんとあって、やはり歌舞伎だなあ、と満足した。

一瞬下座音楽風の三味線が鳴ったが、基本的にバックグラウンドはピアノで。嵐の雨などは現代的な効果音が録音で流れる。それでも随所に歌舞伎らしさが散りばめられた、一種のパラレルワールド、あるいはタイム・パラドックス物。

そして最後に観客は、歌と兄の関係性の本質、兄源乃助が何故眼帯をしており、太郎を執拗に殺しに来るのか、赤目を巡って運命の輪が回る転生輪廻の真相を目の当たりにする事になる。エンディングがオープニングへとループする実に印象的な演出。

赤目と共に回る因果と転生に、「バタフライ・エフェクト」も思い出した。新作歌舞伎というのは、歌舞伎であって狭義の伝統歌舞伎ではない。しかし何事も受け入れるという根本の進取の精神において、やはり歌舞伎の本質を受け継いでいるのだった。歌舞伎好きでなくてもまったく問題無く楽しめる劇でもある。

終演しても観客は通常の演劇のように当たり前のように帰らず、拍手を続け、カーテンコールは3回あったかな。しかし、大向うは無かった。無くてもまったく違和感は無かった。まあ新作だと要らない気もするよねえ。