97年から書き続けたweb日記を、このたびブログに移行。
本年のブログ初更新
遅ればせながら新年明けましておめでとうございます。

とはいえもう年明けで、松の内も終わろうとしている(笑) 本年のBlogはこれが初更新。

年末年始は九州霧島でのんびり過ごしていた。

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温泉入って、お節や雑煮を食べて、お屠蘇飲んだ後は、芋焼酎をロックで結構酩酊。鹿児島神宮で初詣。何時もは東京に戻ってから富岡八幡宮にお参りに行って破魔矢を頂くのだが、境内で殺人が起こった神社の厄除けにご利益あるかというとちょっと考えてしまうよなあ。行かずともバチも当たるはずはないだろう(笑)

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仕事は4日からだったので2日の飛行機で帰京。気温差があったからか、2日の夜にちょっと微熱が出て体調が若干不調に。

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しかし翌3日は歌舞伎座の高麗屋三代同時襲名興行昼の部を予約していたのであった。喉や鼻の調子は悪くなく咳も出ないので、一応観劇することに。

金太郎改め新染五郎は夜のみの出演。12歳の中学生であるから、昼も夜も一ヶ月出ずっぱりという割には行かないだろう。口上も夜の部に。

猿之助は寺子屋の涎くり役で大怪我から初の歌舞伎座舞台復活。親父に引かれて帰る花道。左手は治ったのかいと聞かれて「目出度い高麗屋さんの襲名披露に間に合わせようと精出してリハビリに励んだんだ」と言って観客から大きな拍手。まだ本役を勤めるほど本調子ではあるまいが、手はちょっと不自然さは残るも動かせている。

詳しい感想はまた後日。帰宅して早めに就寝したので4日の朝はまあまあ復調した。しかしこの日は午後から会社の部署で初詣に行くということで、寒空の中祈祷の列に並んで、その後、宴会して帰宅したら、翌5日は不調がぶり返して大変な事に。3連休はひたすら回復に勤めている最中。なんとも締まらない新年の始まり。

「新ばし しみづ」で本年の寿司納め
先週日曜の夜は、今年最後の「新ばし しみづ」。その前の週に、今年最後の訪問をしようと電話したのだが、この日の7時半からしか空いていないとのことで、相変わらずの大繁盛。

ちょっと早めに新橋に到着。「P.M.9」は日曜お休みかと思ったが、店の前まで行くと営業中だったので早速入店。カウンタにはお客無し。日曜はチーフバーテンダーM氏は休みだが、下の彼が一人で営業しているとのこと。まだ何も食していないので、流石にマティーニなど呑むと酔っ払ってしまう。ジン・フィズを注文。まだ手際は良いとは言えないが、ちゃんと出て来る。

大相撲問題の事など話ながら、時間つぶし。数分前に、清水親方がドアを開けて、「ご準備できました」と呼ぶのでビックリ。この店で待っていることは伝えていないのだが「しみづ」の顧客管理恐るべし。

結構遅い時間なのでカウンタは既に結構賑わっている。先輩弟子が辞めて、奥で手伝っていた、大相撲、錦木似のメガネ君が入り口近くに立つ。来春には、以前「銀座某店」で働いた後、他で修行した職人が弟子で入る予定と。

お酒を常温でもらって始めてもらう。お通しはなめこおろし。埼玉のAご夫妻は昨日来店された由。随分とお会いしていないなあ。などと考えていると、隣に、これまた実に久しぶりにお会いするI氏夫妻が。奥さんは前にここでちょっとだけ臨時で手伝いしていたのだが、I氏は実に久しぶりにお顔を拝見した。昔は、「輿兵衛」や築地「つかさ」でもよくお会いした。そんな懐かしい話など、カウンタ席でちょっとだけ。

つまみはおまかせで。ヒラメは、実にシットリと芳醇な旨味。炙ったサワラ。皮目は香ばしく、身肉には柔らかな旨味が充満している。塩わさびで。牡蠣の浅い塩辛。タコ。スミイカは細切りで。サバはしっかりした〆だが、口中に溶ける甘い脂。

例年通り、年始も2日から営業とのことだが、3日も既に満席。寿司始めは「しみづ」という訳にはゆかないか。

赤貝、漬込みのハマグリ、ウニなどもつまみで。

この辺りでお茶を貰って握りに。

マグロはシットリとして旨味あり。熟成が進んだ柔らかい身はトロトロだ。中トロでも若干赤身に近い身、やや脂のある身と変化をつけて。赤酢の酢飯は噛み締める度に寿司種と一緒に構内に溶け崩れて最後にコメの旨味が出て来る。

コハダは最初は肉厚のネットリ系。2貫目は一匹丸づけでやや身肉は薄いが、力強い酢が効いている。「しみづ」でしか出会えないパンチ力あり。合わない人には合わないだろうが、好きになるとこれが癖になる。アナゴは最初は塩で、次はツメで。カンピョウ巻は半分で〆。

神保町「鶴八」の今後については、田島氏が出た後に無くなる訳ではなく、年明けに重大発表があるのだと清水親方が(笑) 年明けカウントダウンの大晦日パーティーに同席したら、年明けと同時に発表しますよというのだが、九州に帰省しているしなあ(笑)

まあ、石丸親方も、「来年もあそこに鶴八は在るんですよ。来年は行って見てくださいよ」と不思議な事を言ってたのだが。さて。


何れにせよ、これで本年の寿司納めであった。

今年最後の歌舞伎。「十二月大歌舞伎」、第三部。
土曜日は、歌舞伎座の第三部。開演が6時半と遅く、そろそろ部屋を出る準備をするかという頃には日は暮れている。

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第三部は食堂の営業が幕間ではなく、開演前。地下から別の入り口で三階の花篭まで行くのだが、どうも面倒なので夕食を済ませてから入場。場内は結構客が入っている。

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何時もより前の席だったので、花道七三は見づらい。前列に座高高く、やたらに頭のデカいオヤジがいたので舞台正面はちょっと欠落するが、まあ大丈夫。

最初は、玉三郎、中車コンビで演じる長谷川信の新歌舞伎、「瞼の母」

「沓掛時次郎」や「番場の忠太郎」という名前は、芝居がもっと身近であった(というか、TVや映画やSNSが無かった頃の)昔の人々の人口に膾炙していたが、今では歌舞伎や大衆演劇好きでないと聞くこともない名前では。

しかし、博徒となりながらも幼い頃に生き別れた母親を探し求める忠太郎というのは、最初の設定がなかなか優れており、科白劇としても良く台本が練られている名作。中車は現代劇の自分の引き出しからでも様々な演技を取り出して使うことが出来ているのだろう。

実の息子であることに気づいたが、息子が堅気ではないことや、娘の将来を考えて、実の母であることを拒絶するおはま役を玉三郎が印象的に演じる。中車は、歌舞伎界に入る前の香川照之時代、実父の先代猿之助を訪ねたが、「僕には息子はいません」と拒絶された由。この辺りの実体験も舞台の演技に投影されているのだろう。

序幕、弟分の半次郎を必死で守ろうとする妹役の児太郎は健気で、母親の強さと深い情を見せる萬次郎も立派に成立。イヤホンガイドを借りていないので配役をあまり確認しておらず、序幕の半次郎と水熊の場での板前は同じ人物かと思ったが、確認すると彦三郎と弟の坂東亀蔵であった。きっぱりした口跡も良いし、やはり兄弟だけに似ているなあ(笑)← というか顔だけで分かれよ(笑)

三味線弾きの老婆、玉郎、夜鷹の歌女之丞など、忠太郎が母親の影を投影する脇役の女役達も実に達者で、舞台を印象的に盛り上げている。

最後は舞踊劇「楊貴妃」

能と京劇を取り入れた玉三郎の世界。夢幻の世界から仙術で現世に束の間呼び戻された楊貴妃が、たおやかに、艶やかに舞う。二枚の扇を使った舞は、爛熟と幻想が咲き乱れる美の一つの到達点を示している。

相手役の方士は中車。玉三郎は中車を随分と可愛がっているんだなあ(笑) 歌舞伎界のどこかアウトサイダー的な立ち位置が似通っているからでもあろうか。

舞踊は大向う無し。胡弓と琴、尺八に長唄だけが美しく響く。「瞼の母」は新歌舞伎で、あまり掛け声かけるような部分は無いが、最後、忠太郎が母への思慕を断ち切り、花道を見据える所で、オバさんの声で二階から「澤瀉屋~!」と一声あった。

これで十二月大歌舞伎は三部全部制覇。しかし、大看板が玉三郎だけで第三部にのみ出演。もちろん、松緑、愛之助、中車が大奮闘で大いに楽しんだが、三部全て切符買うと、普通の大歌舞伎よりも値段が高いというのは、ちょっとどうかと思うよなあ。八月納涼はあれこれ趣向もあって、夏バテの時期でもあり、三部制は好適だと思うけれども。

しかし、取敢えず、これにて本年の歌舞伎納めであった。新年は、高麗屋三代同時襲名披露の「壽 初春大歌舞伎」

今年最後の「新橋鶴八」訪問。
12月の14日に「新橋鶴八」に行った事をblogに書き忘れていたので追加。twitterに書くと、もう終わったような気になって、ついblogでの更新を忘れてしまう。この日が今年最後の「新橋鶴八」訪問だったので記録をこちらにも。

当日夕方「新橋鶴八」に電話。しかし、「新橋鶴八最後の弟子」君が出て、暫くなにやら相談していたが、小上がりのテーブルしか空いてないのですと。やはりちょっとそれではなあ。残念。また今度電話するよと言う事に。

その後ちょっと離席して戻ると、スマホに「新橋鶴八」から着信履歴が。珍しいな。電話なんて貰ったのは初めてなんでは。かけ直すと、再び「最後の弟子」君が出て「あの後キャンセルが出まして席が空いたのですが、もしもよろしければ今夜如何ですか?」と。まだ今夜の止まり木を決めてなかったので、望むところ。直ぐに行くよと回答(笑) 最近、寿司屋から呼び出される事が多いなあ(笑)

仕事帰りに入店すると、石丸親方が、「すいませんね、お呼び立てしたみたいで」と。「私は古い人間なんで、師匠からも、こっちから電話してお客を呼んだりなんかするなと教わったし、普段はそんな事をしないんですけど、今日は夕方に電話頂いてすぐにキャンセルで入って席が空いたし、もしもまだ次に行く所をお決めでなかったらと電話したんですよ」と。こちらも寿司の頭になってたので、願ってもないラッキーであった(笑)

しばしキャンセル談義など。やはり結構あるとのこと。こればかりは飲食店共通の悩み。キャンセルを借りに思って、後で埋め合わせしてしようとしてくれる客もいるのだが、何が悪いのかまったく理解できない客もいる。ま、世の中色々な奴がいる。

ついでに神保町「鶴八」の閉店について聞いてみると「何処で知りました?」と。食べログに、なにやら書いてあったと内容を説明すると、「まあ、ネットは適当な事しか書いてないですからねえ」と。あの建物を処分するというのではなく、どうも別に真相があるような感じだが。

冷酒を貰って、お通しはハマグリの柱ヅケ。

まずヒラメ。肉厚で旨味がしっかりしている。塩蒸しは、蝦夷アワビだが、なかなか立派な個体。煎り付けたような鶴八流の仕事はしっかりと残っている。

サヨリは、カンヌキで随分と大きいので半分にしますかと。身肉が白くなるほど脂がしっかり乗っている。漬込みのハマグリもつまみで。これも鶴八系伝来の仕事。旨いねえ。

この辺りでお茶を貰って握りに。中トロ、コハダ、アナゴ各2。最後にカンピョウ巻。どれも何時もながら、しっかりした鶴八伝来の江戸前仕事。いぶし銀の仕事を堪能して、「では良いお年を」と挨拶して、タクシー帰宅。「新橋鶴八」もこの日が本年の最終訪問だ。

「新ばし しみづ」、久々の訪問
ずっと更新を忘れていたのだが、先月11月、慌ただしい台湾出張の前日に「新ばし しみづ」を訪問していたのだった。遅ればせながらその記録を。

木曜日の朝、携帯に「新ばし しみづ」からメッセージ着信。「いつもお断りしてすみません。本日席が空いておりますが如何ですか?」と。私も寿司屋通いが昂じて、とうとう寿司屋から呼び出しがかかるようになったか(笑)

仕事も立て込んで当日の予定がなかなか決まらず、当日夜に電話すると人気店なので満席という事が続いたので、空きがあると知らせてくれるのは願ってもないこと。翌日金曜は朝の5時起きで台湾まで出張なのだが、早めに一杯飲んで寝たほうが早起きには好都合。

早い時間に入店したが、結構席は埋まっている。結果的には満席のようだ。人気あるよねえ。

以前、入り口側にいたお弟子さんはもう居ない。3年ばかりやっていたはずだが、辞めたとのこと。親方は、いや、破門だとか言っていたが穏やかじゃないな(笑) 小体な店で、話しやすいからと弟子にばかり話かける客も悪いのだが、弟子としての態度には確かにちょっと問題があったかね。「銀座の某店に電話かけて雇ってくれと言ったらしいんですよ」と奥さんが。まあ、それもちょっとね。

ちょっと前から奥で手伝っていた、相撲の錦木関に似たメガネのお弟子さんが入り口側に立ち、奥には女将さんと助っ人で来てもらっているという男性が。江戸前の仕事は仕込みでやることが多いから大変だな。

「新ばし 笹田」で先日ニアミスした事など親方とあれこれ。秋刀魚は遊びの余技だが、美味かったなあ(笑)

お通しはなめこおろし。お酒は常温で。

いつも通りおまかせのつまみ。タイ。ヒラメ昆布締め。タコ。塩で軽く〆た牡蠣は独特の旨味。赤貝紐。青柳。小柱。ミル貝。ウニなどつまみで。

握りはいつも通り。脂の具合を変えてマグロ2、コハダ2、アナゴ2。最後はカンピョウ巻を半分。力強い赤酢の酢飯が相変わらず旨い。「しみづ」独特の江戸前仕事を堪能した。

今年最後の「新橋鶴八分店」
18日の月曜日は、会社帰りに「新橋鶴八分店」。

ちょっと前に携帯に五十嵐親方からショートメッセージがあり、年内で空いているのはこの日のみと云う事を教えてもらったので、事前に電話予約。

入店すると、予想通り大常連O氏が一番奥の席でトグロを巻いている。今日は登場が早いね。連れが来るというので一席あけて座り、のんびりと。まず冷酒。お通しは富山の白海老と鯛の酒盗。

「神保町の「鶴八」が閉店したのは知ってますか」と五十嵐親方が聞くので、「食べログ」にそんなレビューが書いてあったねと回答。「分店」が、神保町の跡地に移って営業すればよいじゃないかと云うと、なんでそんなに新橋から追い出そうとするんですかと笑う。まあ、でも師匠店のすぐ横というのも妙だものなあ。

「新橋鶴八30周年パーティー」には、「新橋鶴八」石丸親方の更に師匠の神保町「鶴八」先代、師岡親方は来ていたけれど、現「鶴八」の田島さんは来てなかったなあと記憶を辿ると、幹事をやっていたO氏が「呼んでなかったんだ」と。元々あんまり付き合いは無かったらしい。

しばらくすると大常連O氏が行きつけの、「新橋にある昭和にタイムスリップしたようなカラオケ・スナック」の年代モノのママがやってきた。私も何度かO氏に引きずられて行った事があるので、「あら、なんだ、あんたじゃないの」と言われてご挨拶。「いい時計してるわね。似合ってないから置いてきなさいよ」と。誰が置いて帰るか(笑)

店を開ける前にO氏がご馳走すると呼んだのだとか。最近は体調が持続せず、良くなったり悪くなったりだとぼやきが。まあ、タイムトンネルを抜けて、平成の世と昭和の世を行ったり来たりしていると、それは時空の歪みが蓄積して負担でしょうな(笑)

まずつまみをおまかせで。ヒラメはなかなか肉厚で上品な旨み。カツオは生姜醤油で。炙った皮目が旨みのアクセントに。牡蠣のスープ。旨いけれども、牡蠣のスープなら西大島「輿兵衛」に軍配が上がるかなあ。

アナゴ一夜干しは「新橋鶴八」ではお目にかかったことがない、ここ独自のつまみだが、皮目の香ばしい風味がよく、脂も乗って旨みが凝縮している。サバもまだ生っぽさが残る軽い〆だが、甘い脂が乗っている。、

ここでO氏の連れのスナック・ママに、別の客から「今から行く」電話が。しかし慌てる所なく、「どうせOさんのおごりだからもっと食べないと。客が早く来たら店の前で待たしときゃいいよ」と悠然と幾つも握りを追加するのであった(笑) 大盛りのウニ、イクラ、鉄火巻と豪勢に。昭和の店に戻る為には、またタイムトンネルを抜けて時空を旅しなくてはならないから、身体の負担が大変だ(笑)。

お酒は2杯だけにして、後は芋焼酎の水割りを。この店ではこれを飲むから長くなってしまう。

握りは、おまかせで勝手に出て来る(笑) ヒラメ昆布〆、サヨリ、中トロ、アナゴ、シャコ、マグロヅケ。仄かに米の旨みが残る固めの酢飯の具合は実によろしい。そういえば、ハマグリは食しなかったな。

「分店」の今年は、もう30日まで夜は一杯。来年は5日からやるとか言ってたかな。O氏と五十嵐親方に、よいお年をと挨拶して店を出る。今年は寿司納めに「新ばし しみづ」に行けるだろうか。もう予定が随分詰まっているし、しみづも予約取りづらいからなあ。

歌舞伎座「十二月大歌舞伎」、第一部、第二部。
今月の歌舞伎座「十二月大歌舞伎」。先週は第二部、今週は第一部を鑑賞。

第三部では、玉三郎の横綱土俵入りがあるとはいえ、第一部、第二部を率いるのは、松緑、愛之助、中車。大相撲の興行に例えるなら、横綱大関が休場して、関脇、小結と、あとは前頭だけの本場所のような気がする(笑)もっとも12月の歌舞伎座は11月の顔見世が終わり、重鎮も地方の顔見世興行に散って行くので、例年ちょっと寂しい感じがあるけれども。

しかし松緑は、「土蛛」に「蘭平物狂」と、音羽屋家の芸と、祖父二代目松緑の当り芸の伝承を受けて大奮闘。格で言うと関脇かもしれないが、舞台では立派な大関相撲である。

先週土曜日は、第二部。

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最初は「らくだ」

今回は上方流で演じるという事だが、やはり上方落語と江戸落語の違いのような物が感じられる。前回歌舞伎座では、松緑が熊五郎、染五郎が紙くずやで、江戸前の鉄火な啖呵で笑わせたが、上方風だとやはりちょっと柔らかい。

それでも、元々が上方落語が原点とあって、上方風も面白い。愛之助の乱暴者、熊五郎も上方味があってなかなか良い。小心な屑屋から、酒を呑むうちに段々と目が三角になって酩酊してゆく中車は、元々が人物造形が達者な役者なだけに実に主揃い。

らくだを演じるのは片岡亀蔵。筋書きではもう何度もやっており、そろそろ卒業と思っていたとのことだが、やはり手練の技で軽妙に演じる。ただ、前回の歌舞伎座で見た、坂東亀蔵(当時亀寿)のらくだと比べると、若干動きにキレがないような。いや、死体に身体のキレを要求するのもおかしな話なんだけれども(笑)、役者としての若さの分が違ったのかな。

第二部の切りは、倭仮名在原系図「蘭平物狂(らんぺいものぐるい)」。前回歌舞伎座で見たのは、松緑の息子、三代目左近の初舞台公演。今回も松緑親子揃っての演目。最後の立廻りは名題下の若手が大勢出て、トンボも何回切っているか数えられないほどで怪我が心配な派手なもの。

「歌舞伎美人」の松緑インタビューでは、前回も名題下の若手に「今回が最後だから力を貸してくれ」とお願いしまくって人を集めたのだが「今回、またやるから」と言うと、冗談で「嘘つき(笑)」と言われたとのこと。

前半、刀を見ると狂乱する蘭平の踊りについては、確かに重要な部分。前回は随分と面白く観たが、今回のほうがちょっとサラリとしている印象。

後半の立廻りは、大勢の若手が出て、梯子を使った大掛かりな動きや、トンボもアクロバットのように、これでもかと重ねる実に迫力あって圧巻。歌舞伎の様式美に満ちて練り上げられた立廻り。最初に歌舞伎を見る外国人にもお勧めしたい。これはしかし肉体を駆使するから、松緑が「これが本当に最後」というのも無理は無い。誰か継ぐ者が出て来てほしいが。

本日は、歌舞伎座で一部。

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心なしか客の入りは若干芳しくないような。二階のソファーも、私がビールを飲んでいる間ガラガラ(笑)

まず、源平布引滝「実盛物語(さねもりものがたり)」

歌舞伎座では、菊五郎と染五郎の実盛で以前に見たことがあるが、愛之助が歌舞伎座で実盛を張るようになった。松也も最近、TVにも歌舞伎若手スターとして随分出演している。大名題の老齢化もあるから、血統に拘らず人気者を次々に売り出して行くという松竹の戦略もあるのだろうか。

白旗を持った斬られた手を湖から釣り上げるとか、その手を繋ぐと女が一瞬生き返るとか、怪奇なムードもあり。古万を演じる門之助は。この怪異な雰囲気があってよい。

生締の凛々しくも情の深い武将い姿は愛之助に似合っている。血縁は無いけれども、化粧のせいか仁左衛門にもちょっと似ているよなあ。片岡亀蔵の瀬尾十郎も憎々しく、そしてモドリになってからの祖父としての情愛も感じられて実に良い。「平馬返り」は見事に決まった。

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お昼は花篭でステーキ丼など。

第一部、切りは「新古演劇十種の内 土蜘(つちぐも)」

能の風味を残した松羽目物の舞踊劇。蜘蛛の糸を模して舞台で投げる「千筋の糸」は流石に映える。松緑は眼光鋭く、謎の学僧実は蜘蛛の精を印象的に演じる。太刀持ちを演じた息子の左近は、親父の姿を目に焼き付けただろうか。

坂東彦三郎、亀蔵が脇を固める。彦三郎の息子、小さな亀三郎は石神の像で客席の大きな拍手を受ける。

「新橋鶴八」訪問。
先週水曜日は会社帰りに「新橋鶴八」。夕方に電話すると早い時間なら空いているとのこと。

ニュー新橋ビル2階に上がり、分店の前を通ったが、カウンタは既に満席状態。商売繁盛ですな。早めに入店したのだが、「新橋鶴八」もカウンタは既に立て込んでいる。

「分店にOさんいたでしょう」と石丸親方に聞かれたが、一番奥の席だったのか、ちょっと分からなかったなあ。親方が「九州場所はどうでした」と聞くので、相撲の話など。「白鵬が待ったした日は見ましたか?」と聞かれたのだが、あれは九州入りする前日だったんだよねえ。

12月の営業は30日まで。今月は結構立て込んでいるのだとか。何時もなら最後の日は昼から夜まで通しでやるのだが、さすがに立ちっぱなしは疲れるので途中で休みの時間を取るとのこと。

お通しはマグロづけ。ネットリした旨みあり。冷酒を貰って、いつも通りまず切ってもらう。ヒラメは肉厚で旨みあり。塩蒸しは肝も添えて。しっかりした旨みに酒が進む。

ブリ。びっしりと脂が乗る腹の身だが、脂のくどさはなくサラっとした旨みで、歯ごたえもある。サバもつまみで。これも立派な身。甘い脂が口中に溶け出す。

この辺りでお茶を貰って、握りはいつも通り、中トロ、コハダ、アナゴ、各2。最後にカンピョウ巻で〆。

隣には台湾から来た客がいるのだが日本語ペラペラ。二人で一貫ずつ頼んだアナゴが、何故身表と皮表の2貫なのか質問し、今度は交代してお代わり。やはり2貫食さないと一匹丸ごとにならない種はあるんだよねえ。

何時もながらの江戸前仕事を堪能してタクシー帰宅。今年中にもう一度行けるかな。

一泊で台湾出張
最近、PCの調子悪く、画面の縦横比がおかしくなる。どうやっても治らないので、windows10をクリーン・インストールし直すと、データは残っているもののアプリが全部消えて、iTunesもインストールできない事態に。困ったものだよなあ。

ということでblogも放ったらかしていたのだが、ちょっとだけ過去の記録を更新。

11月中旬に、台湾で会議があり一泊で出張。おそらく台湾に仕事で来るのは今回が最後かな。少なくともしばらく間が空くだろう。

日本の空港が成田というのが面倒臭かったが、台湾の桃園空港に到着。向こうの会社の運転手にピックアップしてもらい、台北市内まで。

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台湾の建物というのは、やはり日本のセンスとちょっと違って面白いよなあ。午後一杯は向こうの会社で会議。夕方に終了してこれで本日の仕事終了。

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夕食前にホテルにチェックイン。フロントは流暢な日本語を喋る。予約が重複したので、角部屋のスイートにアップグレイド致しましたというのでラッキーであった。ホテルでトイレが2つある部屋というのはあまり泊まった事ないなあ(笑)

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夜の会食前にメールをチェックして、台湾ビールを飲み、台湾のTVなど見物。ドラえもんを中国語吹き替えでやっている(笑) 会食は立派なワインセラーがあるレストラン。台湾人のオーナーは随分とワインに詳しいようだ。料理の味付けもなかなか繊細で実に良かった。

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一泊してホテルをチェックアウト。空港近くの、邱永漢が昔作ったというゴルフクラブで懇親ゴルフ。ところが冷たい雨が土砂降りで、とてもプレイできる天気ではない。雨と寒さ用の服装も持ってなかったので、4ホール終わったところでクラブハウスに退散。ここは日本式の大浴場があるので熱い風呂に入ってのんびり。しかし、この日に風邪気味になり、この後で遠征した大相撲九州場所にも体調不良を引きずる事になってしまった。全員早々と上がってクラブハウスで一杯。クラブハウスの中には寿司バーもある、日本でいうならバブル時代を思い出させる場所。台湾にもこんな所があるんだなあ。

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ゴルフをフルラウンドすると帰国便に急がなければならなかったが、途中で中止したので時間には大層余裕あり。空港で飯を食って、のんびりとジントニックなど飲みつつ搭乗待ち。結局、成田についたのは夜の9時近く。この時間になると、NEXは本数が少ないので、スカイライナーで都内まで。いや、しかし疲れた。


歌舞伎座「吉例顔見世大歌舞伎」夜の部を観た。
先週土曜日は、歌舞伎座「吉例顔見世大歌舞伎」夜の部。仁左衛門、藤十郎、幸四郎と大看板が出て、間に「新口村」を挟んで忠臣蔵物が二題。夕方から風が強く吹いて寒いので、タクシー移動。開場は4時ちょっと前。

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最初の演目は、「仮名手本忠臣蔵(かなでほんちゅうしんぐら)」。五段目の鉄砲渡しの場、二つ玉の場、六段目の勘平腹切の場。歌舞伎三大名作といわれる文楽由来の1本だが、歌舞伎座では最近、あまり出ていなかったのでは。

五段目、六段目は討ち入りとは直接の関係が無く、勘平切腹の顛末。

「神田鶴八鮨ばなし」によると、「柳橋美家古」の加藤親方は、カンピョウ巻を「勘平」と呼んでいたが、巧く巻かないと海苔が切れる。そうすると「勘平さんは腹切りだよ。お前の海苔巻は勘平だ。腹ァ切ってる」と当時の弟子であった後の神保町の師岡親方を注意したとの事。

私が学生時代によく行った居酒屋の大将は、「早野さん」という客を「勘平さん」と呼んでいたっけ。昔は、市井の人にも有名な芝居の内容はよく知られていたということなのだろう。

舞台は雨の降りしきる京都山崎の山中。仁左衛門の艶やかな二枚目ぶりが実に格好良く自然に成立。不運と勘違いが重なり、あれよあれよと云う間に勘平が転落して最後の悲劇に至るさまは、さすがに古今の名作とあって物語の筋として良くできている。

脇を固める松嶋屋勢、秀太郎のさすがの貫禄も、別れの哀切を表現する孝太郎のおかるも良い。勘平に食って掛かる義理の母親、吉弥の錯乱も印象的。染五郎が白塗り着流しの見栄えのよい悪人、斧定九郎を付き合い、短い出だが鮮やかな印象を残す。

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ここで30分の幕間。三階の「花篭」は団体客が入っているようで大入り満員。インターネット食事予約でも「芝居御膳」は早いうちに完売になっていたので、三色丼を予約。ここは何によらずキチンとしているのだが、この日はさすがにキャパを超えたか、栓抜きと醤油差が置いていなかったので、持って来てもらう。別に大した迷惑でもなかったが、出る際に丁寧にお詫びを言われて返って恐縮。

幕間後は、「恋飛脚大和往来 新口村(にのくちむら)」

近松門左衛門の作。飛脚屋に養子に入った若旦那、亀屋忠兵衛を大看板の藤十郎。元気ですな。廓遊びに入れあげ、商売で運んでいた公金に手をつける。公金の「封印切」は死罪。恋人である傾城梅川が扇雀。傾城を廓から身請けしたが、盗んだ金も使い果たし、最後に故郷で実父を一目見て死のうかという道行。

深深と降る雪が背景として美しい。柔らかな太鼓の音で雪を表現することを考えた先人は偉いね(笑)

扇雀は、好いた男の父親の難儀に思わず走り出て助けるその素直な誠がよく出て美しくも印象的。親父役の孫右衛門は歌六だが、息子を思う親の情愛を演じて、爺様役がなかなか良い。実年齢では息子役の藤十郎のほうがずっと年上で親子ほど年が違うと思うが、爺様の役は爺様に見えるための演技が必要。80歳過ぎの本当にヨボヨボの爺様には、おそらく出来ないのでは。まあ極端に枯れた味が好きなら別であるが。この辺りも歌舞伎の不思議。

歌舞伎でいう上方の和事風味というのは、スパっと竹を割ったような所がなく、良く言えば、はんなりおっとりした風味。悪く取るとネチネチ、イジイジ、ウジウジしている訳であるが、藤十郎もやはり和事風味をきっちり演じる。鴈治郎にも引き継がれた成駒家の芸。雪の降りしきる中、おそらくもう生きては会えない親子の今生の別れが詩情に溢れて表現されて終幕。これもまた古今の名作。

最後の演目は、真山青果作の新歌舞伎、「元禄忠臣蔵 大石最後の一日(おおいしさいごのいちにち)」。同じ幸四郎で以前観た際のおみのは孝太郎。今回は、児太郎が実に見事に演じてみせた。

討ち入りをした時点で死を賜るのは覚悟の上。驕ることなく初一念を貫いて全員を静かに死なせようと心を砕く大石内蔵助。「会わせては未練が残る。静かに死なせてやってくれ」という武士の道理と、「磯貝が自分をだましたのかどうか、それだけが聞きたい」という「おみの」の激しい女の情念がぶつかり、女の一念に武士の大石内蔵助が言い負かされてしまう台詞劇が一つの見どころ。

大石内蔵助を幸四郎、磯貝を染五郎、殿様の御曹司細川内記を金太郎と高麗屋三代が揃って同じ舞台を踏む。金太郎は、弥次喜多で團子と共演すると、相手の達者さに食われた印象があったが、大名の御曹司役ではピッタリはまっている。まあ実際に将来の高麗屋を背負って立つ正真正銘の御曹司であるから、はまるのが当たり前といえば当たり前か(笑)

磯貝が自分の琴爪を持っていてくれた事で明らかになった真心。「偽りも誠に返してみせる」とは、磯貝が静かに死ねるよう自分が先に自害する事であった。児太郎「おみの」の切ない女心が涙を誘う。全ての心残りは霧散し、磯貝も大石も「初一念」を貫き、堂々として死に向かうラストは、潔くも清清しい。打ち出しにも実によい演目。

彌十郎の堀内伝右衛門も情があって印象的に成立。仁左衛門の荒木十左衛門。出番は短いが、吉良の家もまた断絶になったと知らせてやり、赤穂浪士を安心して死なせてやる、人情味溢れ、しかもキリリと屹立した良い役。この演目も史劇の傑作であり、大看板出演の重厚な舞台を十分楽しんだ。打ち出しは9時を若干過ぎたところ。