97年から書き続けたweb日記を、このたびブログに移行。
「昭和の店に惹かれる理由」 を読んだ。
銀座教文館は、演劇系のみならず飲食関係の本も充実している。神保町の寿司屋「鶴八」が取り上げられていたので、「昭和の店に惹かれる理由」を購入。

私が寿司屋巡りを始めた遠因は、この神保町「鶴八」の先代、諸岡親方が書いた「神田鶴八鮨ばなし」を読んだから。勿論、読んだ時は下っ端の若手サラリーマンだったから、寿司屋巡りする金銭的余裕なんて無かったけれども。

「鶴八」を引退した後の諸岡親方には、「新橋鶴八30周年パーティー」で石丸親方に紹介して頂いてお会いして、なんだか憑き物が落ちたような気になったが、先代が健在の時も、代替わりした今の神田「鶴八」にも一度も行っていない。

店を引き継いだ田島親方のインタビューは、「鮨を極めるで読んだ時とあまり変わり無し。元々が真面目、愚直な職人で、そんなに面白みは無いのかなあ。しかしそれでもなかなか興味深い記事。今度一度訪問してみるか。

その他、とんかつ「とんき」、天ぷら「はやし」、おでんの「尾張屋」、餃子の「スヰートポーズ」など、まさに昭和を体現した店の紹介が実に面白い本なのであった。「食べもの屋の昭和―伝えたい味と記憶」を思い出した。本棚からまた発掘して読まないと(笑)


「クリード チャンプを継ぐ男」を観た。
Amazonに発注したブルーレイで、「クリード チャンプを継ぐ男」を観た。



世紀の傑作とまでは思わないが、実によく出来ている。シリーズの第一作「ロッキー」は、underdog(負け犬)が血の滲む努力をして強者に泡を吹かせると言う、古今東西を問わず人の心を熱くするストーリーの歴史的金字塔。脚本・主演のスタローンはこれ一作で世界的大スターになった。

本作品は、もう一発当てようという商売気ではなく、スピンアウトとして持ち込まれた企画が実現したそうだが、「ロッキー」シリーズのバックグラウンドを巧みに織り込みながら、第一作の「ロッキー」に似たカタルシスを観客に与える事に成功している。最後のチャンプとの対戦で「ロッキー」のテーマが流れるのは若干反則のような気がするが(笑)、まあスタローンは「俺の映画で俺のテーマソング使って何が悪い」と言うだろう。

「ロッキー」は元々「3」で終わるはずだったらしいが、「4」「5」「ザ・ファイナル」と制作。本作は、「4」で扱われたアポロ・クリードの死と「ザ・ファイナル」で描かれたロッキーの老残の延長線にあるもの。「5」は出来がイマイチだったので、「ザ・ファイナル」は観なかったなあ。

「5」は、実際に白人のヘビー級チャンプとなり「ホワイト・ホープ」と呼ばれたトミー・モリソンが出演して話題となったが、その後モリソンは、HIV感染が明らかになりボクサー人生に終止符を打つことに。マイク・タイソンと対戦する大型契約もあったらしいが、全てが消滅。余計な現実の蹉跌が記憶に残っている。

アドニスとメアリー・アンとの最初の出会い。「He is my husdand」、「You are his son」と微妙な距離感を持って語られる会話は、アドニスの出自が後に語られて納得。アパートメントで大音響で音楽を流すビアンカの背景、教育も受けタブレットやPCを使いこなしながらも血に飢えたボクサーへ傾倒してゆくアドニスの父親に対する屈折した想い。脚本も細かい所がよく出来ている。

誰もが弱みや深刻な問題を抱えているが、それと戦い超克する事が尊いのだというメッセージは、第一作「ロッキー」から継続するテーマ。今の御時世ではシンプルでストレート過ぎるかもしれないが、しかし多くの人の心を打つ。


歌舞伎座、「猿若祭二月大歌舞伎」昼の部を観た
江戸歌舞伎390年を記念する歌舞伎座、「猿若祭二月大歌舞伎」昼の部に。

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歌舞伎そのものは、京の河原で出雲の阿国が始めた「歌舞伎おどり」が原型というのは良く知られた話。江戸歌舞伎は、初代猿若勘三郎が390年前に京から江戸に下り、官許を得て今の京橋辺りに「猿若座」を常設歌舞伎小屋として開設したのが始まりだとか。

猿若勘三郎が中村勘三郎の初代だが、血統は明治になって断絶して松竹創業者の預かりとなっており、これを時を経て襲名したのが十七世中村勘三郎。新歌舞伎座開場前に早世した十八世勘三郎を経て、中村屋の当代は勘九郎、七之助の兄弟。猿若祭は夜の部に勘九郎子息の初舞台もあり、昼の部も勘九郎、七之助が大活躍。

最初の演目は、「猿若江戸の初櫓(さるわかえどのはつやぐら)」

30年前の「猿若祭」が初演の舞踊劇。出雲の阿国と猿若勘三郎が一緒に江戸に下ってくるというフィクションを導入部に、猿若が官許を得て猿若座を設立するまでを華やかな舞踊と共に見せる。猿若は勘九郎が軽妙に、出雲の阿国は艶やかに七之助が演じ、彌十郎、鴈治郎が脇を固める。華やかかつ目出度く踊る江戸の風情が印象的。歌舞伎はやはり相撲と共に江戸の華ですな(笑)

20分の幕間を挟み、「大商蛭子島(おおあきないひるがこじま)」

歌舞伎が大いに発展した江戸天明期に江戸中村座で初演された演目で、長く埋もれていたが昭和37年に復活。しかしその後、昭和44年に初演と同じく二世松緑主演で再演されて以来上演が途絶えていたという珍しい演目。

頼朝が伊豆に蟄居して、手習いの師匠となり、しかも好色で習いに来る娘達に、妻の門前でもエロエロなちょっかいを出すというのが江戸の大らかな風情を感じさせて面白いが、歌舞伎お馴染みの「実は」の設定が、入り組んでしかも荒唐無稽な気がして、これが継続して上演されなかった一因でもあるのでは。しかし、髑髏や女房おふじの燃え上がる嫉妬の演出には奇妙なオカルト色もあり、なかなか興味深い。

当代松緑が、正木幸左衛門実は源頼朝を好演。好色な手習い師匠が、実は源氏の総大将であり、決起する覚悟をする最後の場面まで、なかなか印象的に成立している。勘九郎が地獄谷の清左衛門実は文覚上人、七之助が、おます実は政子を演じる。

嫉妬する古女房おふじは、時蔵が熟練の技で演じるが、糟糠の妻の門前で(源氏挙兵の為に北条氏の力を得なければいけないとはいえ)政子と祝言し、初枕を交わすために寝室に入る頼朝はとんでもないな(笑) まあ、これはこれで当時の観客は喜んだのだろうが。

しかし、なんだかんだあっても、最後は賑やかに頼朝挙兵となり、目出度し目出度しで幕というのが、おおらかな天明歌舞伎の趣。

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30分の幕間に花篭で「猿若祭御膳」で一杯。

次の演目は、「四千両小判梅葉(しせんりょうこばんのうめのは)」。河竹黙阿弥が盗賊を描いた「白波物」。菊五郎が江戸城の御金蔵を襲う盗賊、野州無宿富蔵、梅玉が同じく盗みに加担する藤岡藤十郎。その他、菊五郎一座が出演する気楽な世話物。左團次が牢名主松島奥五郎を演じる江戸時代の牢屋風情は、黙阿弥が色々取材して盛り込んだらしいが、珍しくも実感があって面白かった。一種のピカレスク・ロマンだが、日常から離れた悪漢を描く物語は、古今東西を問わず、一種の「Sence of wonder」を刺激する。

最後の「扇獅子(おうぎじし)」は、石橋の舞台を江戸に移した清元舞踊。江戸の風情を背景に、鳶頭と芸者が機嫌よく踊る舞踊というのはあれこれあるが、どれも賑やかで切りにはよい。華やかに打出し。


歌舞伎座、「猿若祭二月大歌舞伎」夜の部
土曜日の午後は、歌舞伎座、「猿若祭二月大歌舞伎」夜の部を見物。

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中村屋御曹司の初舞台とあって早い時期から夜の部は土日完売。平日も一階席は空き無しという販売状況が続いていたが、1週間ほど前にポロっと数席出た戻りを拾ったもの。しかしTVで報道されたからか、今では平日も夜の部は全席完売。席が拾えたのはラッキーだった。

前日に、録画していた「中村屋ファミリー5歳と3歳、兄弟初舞台SP」を観て予習済み。しかし、歌舞伎俳優の家に生まれるというのは大変な事ですな。

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祝い幕はゴシック調のフォント。普通はゲージツ系で有名な書家が書いたりするものと思って居たが、なんだかパワポのプレゼンのようで逆に新しい感じがする。初舞台を寿ぐ企画が劇場のあちこちに。

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最初の演目が、「門出二人桃太郎(かどんでふたりももたろう)」

御曹司達の親父である勘九郎もその弟の七之助も30年前にこの演目で初舞台。そしてその父である十八世勘三郎も、昭和34年に「桃太郎」で初舞台であったらしいから中村屋代々のお披露目演目。

勘九郎の長男と次男が、三代目中村勘太郎 二代目中村長三郎を名乗って兄弟桃太郎を演じる。幹部俳優から若手花形まで総出で舞台に出て、御曹司の門出を祝福する。3歳と5歳でこの大舞台を踏むというのは、まさに銀の匙をくわえて生まれて来た特別待遇だが、本当に役者の道を選ぶのかどうかについてはこれから思春期を経由して、様々な葛藤が生じてくるだろう。簡単な決断ではないが、折角生まれついて宝船に乗っているのであるから、盛大な航海の無事を祈りたい。

幼い兄弟が登場すると観客は万雷の拍手。幹部俳優が列座した口上も心温まるもの。この日は特に大きなトチリは無かった模様。梅玉は相変わらず面白い。初お目見得や初舞台、襲名披露というのは、何時観ても予定調和の目出度さが実に良い。

犬彦、猿彦、雉彦も軽妙に祝祭を盛り上げる。花道近くの席だったので桃太郎兄弟を間近で観れてなかなか面白かった。演目のせいなのか、1階席前方には子供連れの客が多し。これはこれで珍しいが、中村屋御曹司の同級生とかなのか。

25分の幕間の後、「絵本太功記(えほんたいこうき) 尼ヶ崎閑居の場」。いわゆる「太十」。

武智光秀を芝翫が。以前、吉右衛門で観た時は、登場の時の異形の迫力が素晴らしかったが、芝翫にはイマイチ迫力が無い気が。顔は大きいのだがなあ。

デップリ太ったガンジロはんが武智光秀の息子、悲劇の若武者という設定もちょっと。肉体ではなく芸を見るんだと言われればその通りではあるのだが、それにしてもねえ。

魁春、錦之助、孝太郎、鴈治郎、秀太郎と堅実かつ錚々たるメンツが揃っているのだが、観てさほどのカタルシスを感じないのは演目としてのストーリーがイマイチなのだろうか。時代物狂言として淘汰され、この段だけが生き残っているのだが。橋之助は最後にちょっと出るだけだが、声も朗々としてなかなか良かった。ガンジロはんの役やらせればよかったのに(笑)

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ここで30分の幕間。三階の花篭で「猿若祭御膳」。きび団子付き。しかし、6時40分から食事というのは若干遅い気がする。席に戻ると、空いている席も散見される。まあ最初の演目だけみて、遅くなるから帰る人もいるのか。子供連れは最後まで居れないか。

最後の演目は、「梅ごよみ(うめごよみ)」。向島三囲堤上の場より深川仲町裏河岸の場まで。最初の幕では花道にも水面を描いた敷物が引かれているが、船が花道を去って行くしかけ。江戸深川の情緒溢れる場面。

気楽な世話物だが、許嫁がいるにも関わらず芸者にも惚れられて、あっちにフラフラ、こっちにフラフラとモテモテの優男丹次郎を染五郎が演じる。全ての揉め事はこの人のフラフラが原因なのだが、染五郎はこんな役も上手くなかなか印象的に成立。丹次郎を挟んでいがみ合う恋敵の深川芸者、仇吉、米八を菊之助、勘九郎が。

菊之助花道の出は実に妖艶で美しい。諸事情あろうが、ずっと女形で行けばよいのになあと思わせる。勘九郎は先月も女形だったが、男勝りの辰巳芸者としてはきちんと成立。児太郎は素人の町娘がよく似合っている。

羽織を着て男名前、男勝りの気風が売り物であった辰巳芸者同士の鉄火なやり取りが実に小気味よく、最後は茶入れも戻って大団円。気分よく打出し。予定よりもだいぶ早めであった。

恵方巻きの日に「新ばし しみづ」訪問。
金曜日は会社帰りに「新ばし しみづ」。節分だから、皆、家で恵方巻き食しているはず。ならば巻き寿司やっていない真っ当な江戸前寿司屋は空いているのではと電話したらお弟子さんが出て大丈夫ですと。

入店してみるとカウンタは満席。金曜の夜に1席空いていたのは奇跡的だった。「ひょっとして今年初めてでしたっけ」と清水親方。その通りで1月は、仕事もバタバタしたし、大相撲観戦も4日間行ったりと、すっかり訪問をすっ飛ばしてしまった。

新人が入っているので、お弟子さんなのか聞くと、「寿司アカデミー」の生徒がバイトをしているのだとか。メガネをかけた所は大相撲の錦木に似ている。手も大きいし、もう少し体重増やすと鶴八体型で通用するのでは。← 体重関係ないっちゅうーに(笑)

いつも通り常温のお酒を貰って始めてもらう。お通しは菜の花辛子和え。

まずヒラメ。上品な脂の旨味。サヨリは細切りにして。香りが良い。蒸し牡蠣は旨味あり。赤貝はヒモを添えて。

もうタコは卵を抱き始めたのでお休みだと。サバはネットリ甘い脂。煮ヤリイカは小型だがフックラと柔らかに煮上がっている。漬け込みのハマグリ、青柳。ウニもつまみで。あん肝に奈良漬を添えた一品は冬の滋味あり。

清水親方と築地市場移転について雑談。市場の組合理事長が今度移転消極派になったので、「もう移転は無いんじゃないですか」と言うのだが。しかし都民の税金を何千億も使って、移転しなかったら使い道が。Amazonかヤマト運輸の倉庫に売ったらというのだが、とてつもなく高価な倉庫だ。オリンピックの施設にしても、選手村に使う訳にもゆかないだろうし。困った話だ。

この辺りでお茶を貰って握りに。まずカジキ。ピンクの鮮やかな身肉。この店では珍しいが、フックラとした旨味あり。しっかししたこの店の酢飯にもよく合う。カスゴを1貫。口中でホロホロと崩れる身肉の旨味あり。中トロはシットリ柔らかな旨味あり。コハダは2貫。強めの〆だがいつもながら素晴らしい。アナゴは塩とツメと1貫ずつ。

最後はいつも通りカンピョウ巻。清水親方に「カンピョウ巻ですか?」と聞かれた時に「今日は恵方巻きね」という、どうしようもない冗談を言おうと考えてたのだが、ホロ良い気分ですっかり忘れてしまった(笑)

店を出て「P.M.9」に。コートを掛けていると「しみづ」の女将さんがやってきて、「もうお年賀じゃなくなって申し訳ないんですけど」と毎年正月に配る手ぬぐいを。1月に行かなかったのは此方のせいなので申し訳なくも恐縮した。もう何年続けて貰っただろうか。

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バーテンダーM氏と相撲の話などしながら、ドライ・マティーニ。その後でタリスカーを一杯で退散。「P.M.9」を出ると、清水親方が団体客を迎え入れるところ。今日は当日予約の電話を随分と断っていたから、遅い時間までずっと満席の模様。商売繁盛で結構な話。のんびりとタクシー帰宅。


「沈黙 サイレンス」を観た。
先週土曜日、日比谷に出て「沈黙 サイレンス」を観た。



遠藤周作の小説「沈黙」を、マーティン・スコセッシが映画化。

「神」という概念が生まれて以来、人の心を惑わせてきた深刻な問いが「神の沈黙」。

天災や戦乱や病苦。この世は至るところ悲惨や不幸に満ち、義人にすら時として苛酷な運命が待ちうけ、恐ろしい艱難辛苦が与えられる。それらは本当に全てが神の御意志なのか。我らが神を求めても、神は何一つ我らにその声をお聞かせにならないではないか。神は本当に存在するのか。これは宗教そのものの存立を脅かす実に危険な問いでもある。

先にキリスト教布教のために来日した師が棄教したと聞き、その真相を確かめるために日本に来たポルトガルの宣教師。日本で弾圧をうけるキリスト教に帰依する農民たちと共に生き、しかし自らの為に農民たちが次々と拷問を受けて死んでゆく地獄の中で問うた「神よ、あなたは何故沈黙しているのですか」という血を吐くような問いと、クライマックスで脳裏に響くキリストの声。実に印象的なシークェンス。

日本人の俳優は実に重厚。よくあんな昔風の顔ばかり集めることができたと感心。田舎の旧家に行くと、昔の御先祖様の白黒写真が障子の桟の上に飾ってあったりするが、正にそんな顔だ。

貧しい農民を演じる塚本晋也の、黒光りするような存在感が素晴らしい。CG使っていると思うが、磔にされて海の波に翻弄される場面はこの映画全編を通じて弾圧されるクリスチャンを象徴する圧巻の迫力。

キチジローは、ユダでもあり、狂言回し、トリックスターでもあるのだが、人間の矮小さと醜さ、それでも残る信仰心と原罪とを一気に体現している印象的な役柄。これを窪塚洋介が見事に演じている。

通辞役の浅野忠信、井上筑後守役のイッセー尾形は、腹に一物あり、冷酷でしたたかな、封建時代の支配層を描いて実に鮮やかに成立している。外国人監督が演出して、日本人役の演技にここまで違和感が無いというのも驚き。

実際には彼らが農民を虐殺しているのだが、司祭に「お前たちの栄光のために農民たちが死んでゆくのだ」と迫る巧妙なレトリックも彼らの冷徹な知性を象徴している。

前に居た宣教師が覚えた日本語は「ありがたや」一言。日本の全てを下に見ていた彼は、教えようとするばかりで何一つ学ばなかった。キリスト教はこの日本には根を張れないのだ、とロドリゴに畳みかける台詞は、「神の栄光を伝える我らのみがこの世の正義」というカトリック宣教の傲慢を皮肉な一面から照射して、司祭を棄教へと追い詰めてゆく。井上筑後守役が常に扇子で虫を払っているのは、「蝿の王」であることを寓意しているのではとさえ思わせるシーン。

以前、キリシタン一揆で有名な天草に行った事があるが、小さな島が連なり、平地は少なく山ばかり、港に適した場所も少なく見るからに貧しい土地。あんな所で苛酷な年貢を課されたら生きてゆくだけでも大変だったに違いない。現世が地獄であるからこそ、ここではない楽土「パライソ」を希求する心が芽生えたのだろうなと納得のゆくような風土。エンドロールを見ると、どうもほとんど台湾で撮影したようだが、長崎、熊本辺りの寒村を実に良く現しているなあと感心。シーンは悲惨だが、映像は素晴らしく美しい。暗く重たいが、魂をゆざぶる素晴らしい映画。

過酷な弾圧を受けた貧しい農民たちが、血と涙の中で夢見た「パライソ」は、まだこの世に顕現していない。




「新橋鶴八」訪問。
先週水曜は、「新橋鶴八」。夕方に電話すると女将さんが出て、しばらく話していたが大丈夫ですと。

早い時間だったが入店すると、大常連O氏が一番奥で既にトグロを巻いている。こんな時にメールよこしてくれたら「分店」に行くのになあ(笑)。まあ満席なのかもしれぬ。しかし本店では、石丸親方のコントロールが効いているから、O氏の横に座っても「分店」みたいにダラダラ3時間もかかる事は無いのだった

「初場所行ったのかい」とO氏が聞くので、石丸親方も入れて相撲談義など。場所が始まる前はイマイチ焦点の定まらない場所だと思っていたが、まさか稀勢の里が優勝して綱取り成功とはねえ。

O氏とあれこれ雑談しながら、分店の「たべログ」レビューにも「大常連のOさんが居た居ないと」か書かれて、随分人気じゃないですかと冷やかすと「それは、あんたがブログに書くからだろう」と(笑) そんな話をしていると石丸親方が「しかしお客さんもOさん見て、なんでこの人何時来ても居るんだろうと不思議に思うでしょうねえ」と笑う。まさしくその通りだよなあ(笑)

この日は次第にカウンタも埋まり、本店も盛況。当日の予約電話も何本か入るのだが、しばらく小上がりで待ってもらえるならと忙しいオペレーション。

お通しはマグロヅケ。つまみは、ヒラメ、塩蒸し、ブリ。握りは、中トロ、コハダ、アナゴ各2。最後はカンピョウ巻で〆。O氏と雑談しながらだと、普通よりちょっと余計にかかるけれども、それでも分店みたいにO氏のペースに合わせて3時間もかかるという事は無い。親方に注文したら何でもすぐに出てくるのが助かる。1時間10分程度で勘定まで。

鶴八系伝来の技を堪能して、タクシー帰宅。しかし考えてみると、今年まだ「新ばし しみづ」訪問していないな。今までこんなにまが空いたことはなかったっけ。そろそろ訪問しないとなあ。


大相撲初場所、千秋楽観戦写真日記
先週日曜は、国技館にて大相撲初場所千秋楽を観戦。昼前から国技館に来ていたのでNHKラジオで聞いたのだが、すでに千秋楽が始まる前に審判部は稀勢の里の横綱昇進を横審に推挙する考えを固めていたのだそうで。

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国技館正面の壁には以前、相撲絵が描いてあったと思うのだがいつの間にか無くなっているね。

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千秋楽は開始が遅いので、この日は初めの一番から。今場所は場所を盛り上げるシナリオが次々に崩れ、しかもそれが全て稀勢の里を利する方向に働いている。牛久大仏なのか相撲の神様なのか、いずれにせよ大変な天佑だった。

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14日目に優勝は既に稀勢の里に決している。この優勝旗も稀勢の里に今日手渡されるのか。

今場所は上位に休場が多かったが、それは稀勢の里の責任ではない。「2場所連続優勝に準ずる」という規定については、先場所は確かに次点ではあるものの決定戦には進まず2差。しかし年間最多勝と合わせて一本という感じか。

まあ、年間最多勝も白鵬が1場所全休しているので棚ぼたという気もしないでもないが、白鵬休場は稀勢の里の責任ではない。全場所出場したから達成した記録ではある。しかし考えてみるとあれこれ微妙な感ありw まあ実力がある事は証明すみ。多分普通にやると鶴竜より強いのでは。

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雷電で腹ごしらえした後で、南口通路にて関取衆の入り待ちを。コーンは大相撲風味なれど、種類あり。

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安美錦は、アキレス蜷今場所いまいち。

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宇良はやっぱり横目で観客を観察しているなあ。

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双子の兄弟で並んで歩いてくると歩くリズムとポーズもそっくりなのが分かる。普通なら判別できないが、この日は貴源治が十両での取り組みのため大銀杏を結っているため、ちょんまげの貴公俊と区別がつくのだった。両人とも関取になったら連日取り組みがあるし、これは分かりませんなあ。

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豊ノ島は一敗して来場所の関取復帰はならなかったものの、5月場所には戻ってほしいね。

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栃煌山は相変わらずマッチョ歩きで。今場所は膝の怪我が酷かったようだ。

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キャッチセールスに付きまとわれているかのような錦木。心なしか迷惑そうに見えるがw

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輝はまだ若い。もっと体を作って頑張ってほしい。

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二横綱一大関が休場で、協会ご挨拶で土俵に上がる横綱大関の人数もも寂しい印象。


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序の口、序二段は優勝決定戦。

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横綱になったらもう大関に陥落することはなく、幕内土俵入りに戻ってくることはない。来場所の横綱昇進を決定的にして、初場所千秋楽、稀勢の里最後の幕内土俵入りをこの目で観られて良かった。

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昼は何時もの雷電だったのだが、午後、記念に琴奨菊弁当を購入。二階西弁当売店の年配の売り子のおばちゃんに、この弁当も今場所で最後かなと言うと、「来場所10勝するから」、「勝負の世界は何が起こるか分かんないからさあ」と明るいのだった。琴奨菊頑張れ!

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稀勢の里は不知火型だと思ったら、雲竜型で土俵入りやるらしいね。

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三役そろい踏み。

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琴奨菊も来場所は関脇か。

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白鵬は実に落ち着いているように見えたのだが。

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稀勢の里の塩撒きは実に美しいねえ。

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今場所後半戦の勝敗は掲示板の如し。

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弓取り式。

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国技館で大相撲千秋楽に君が代斉唱するのはなんだか清々しい気分だなあ。

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優勝額も贈呈される。

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優勝インタビューは残念ながら背後から。

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退場する稀勢の里に子供が縋り付いていたのだった。

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出世力士手打ち式、手締めの後、神送りの儀と最後まで。 優勝パレードの出発を待っていると遅くなるので、一足先に家路に。

いやはや、初場所も終わってしまった。



大相撲初場所中日、写真日記
両国国技館で行われている、大相撲初場所、中日8日目を観戦したので、写真日記など。

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いつも通り「雷電」でちゃんこ定食頼んで一杯。

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この天皇賜杯は果たして誰の手に。

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場所入りを待つ南側通路にはコーンが設置されているのだが、よく見ると大相撲仕様なのであった。

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観戦は面白かったのだが、前の席のカップル男性のほうが、大砲みたいなレンズつけたデジイチ持った、いわゆる「前ノメラー」で、前に身を乗り出して観戦するのにはずっと悩まされた。観劇やスポーツ観戦をあまりした事が無い人なんだなあ、きっと。自分の前に「前ノメラー」が居た体験があれば、分かるはずなんだが。

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宇良は声がかかると、けっこう声出した相手を横目で観察しているよねえ(笑)

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小柳は随分寒そうな場所入り。

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栃煌山は怪我の状態良くないのか、今場所は星が上がらないが、相変わらずオラオラとマッチョ歩きで場所入り。しかし土俵上で顔を張られると目を瞑って顔をそむけてしまうところがマッチョじゃないんだよなあ(笑)

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右は貴景勝。しかし左は、貴源治か貴公俊なのか分からない。二人共関取になったら、場所入りでどちらか分からないなきっと。

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中日に行われる新序出世披露。兄弟子に化粧まわしを借りての晴れ舞台。しかし本当に化粧まわしを着ける地位まで上がれる者は何人いるだろうか。勝負の世界の荒波に飛び込む彼らに幸多かれと盛大な拍手が送られるのだった。

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この日は豪栄道に土がついてガッカリだったが、結びの一番では白鵬にも土がつくという大波乱。実に面白かった。

壽新春大歌舞伎、昼の部を観た
先週土曜日は、歌舞伎座で壽新春大歌舞伎、昼の部を観た。結構団体客が入ってるような。

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最初の演目は、「大政奉還百五十年」と銘打った、「将軍江戸を去る(しょうぐんえどをさる)」

江戸城明け渡しと征夷大将軍辞任を直前に控え、謹慎中ではあったものの、主戦論者の意見に傾いて行く徳川慶喜に染五郎、将軍を諌める山岡鉄太郎を愛之助が演じる。刀のつば競り合いで火花が散るような真山青果独特の会話劇。

「松浦の太鼓」の殿様よりも、こちらの徳川慶喜のほうが、まだ染五郎には合っている印象。尊王と勤皇の違い、水戸藩の心得違いを命を掛けて箴言する山岡鉄太郎というのは史実とは違うらしいが、愛之助が口跡良くなかなか印象的に演じる。

ここで将軍が辞さなければ、大勢の無辜の江戸の民が戦火の犠牲になることになる。そう説得されて江戸を去る決意をする徳川慶喜。オリバー・ストーン監督の「ニクソン」。ウォーターゲート事件で罷免に直面したニクソンは補佐官に最後の打開策が無いか尋ねる。「軍を使いますか? そうした大統領も過去には居ました」と進言され、「それでは内乱だ」とニクソンは大統領職を辞する決意を固める。そんなシーンも思い出した。

栄華を誇った徳川家の将軍が、東京の外れ千住橋から江戸を去ろうとする寂しい朝。江戸から東京に変わろうとする新しい時代の夜明けに、ひっそりと消えていった最後の将軍。なかなか印象的なお話。爺さまの俳優でやるとまた味があるかもなあ。

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30分の幕間で花車膳。花篭食堂も大混雑。ほうおう膳よりも軽めでお昼には結構。

二番目の演目は、「大津絵道成寺(おおつえどうじょうじ)」

「京鹿子娘道成寺」を本歌に派生した道成寺物、河竹黙阿弥作の舞踊劇。愛之助が五役を早変わりで演じる。

大津絵というのは仏教画で、そこに描かれた絵が題材で、藤娘も有名な題材なのだとか。見たことないから分からないなあ。舞台のほうは、本家の狂言同様、引き抜きの衣装替えなどもあるが、「早変わり」や「傘下の入れ替わり」、「見台抜け」、「御簾への飛び込み」など、歌舞伎ならではのギミック満載。最後は「押し戻し」で染五郎演じる矢の根の五郎が登場するなど、飽きさせない演出に満ちている。

愛之助演じる藤娘の女形は初めて観たが、目元もクッキリ、結構印象的に成立している。その他、早変わりで鷹匠、座頭、船頭、鬼を演じ分ける。

最後の演目は、伊賀越道中双六「沼津(ぬまづ)」

呉服屋十兵衛を演じる吉右衛門は、花道からの軽妙な出が良い。駄賃稼ぎに荷物持たせてくれと持ちかけてくる雲助平作の歌六も、滑稽ながら味のある演技。客席に下りて楽屋落ちを取り交ぜて観客を笑わせながら歩く様も良い。そして花道に戻り、怪我をした平作に、十兵衛が印篭から妙薬を取りだして塗ってやるとたちどころに治り、雀右衛門のお米と行き会って家に招くところから、既に悲劇の萌芽が始まっている。

貧乏なあばら屋の風情に雀右衛門のお米のクドキが可憐に映えて、歌六の親父も実に人情味があり、安定感がある。雲助平作が実の父であると気付いた吉衛門十兵衛の思い入れも胸に響く。

最後は先に旅立った十兵衛に父娘が追い付き、暗闇の千本松原での、親子の情と義がせめぎ合う悲劇となる。ここでも吉右衛門の親を思う悲嘆が見事に成立している。近松半二作、義太夫狂言の名作。円熟の名優揃いで実に見応えがあった。