97年から書き続けたweb日記を、このたびブログに移行。
大相撲三月場所、七日目観戦日記
先週の金曜日は仕事関連の会食。なんだかんだで話込んで結構帰宅が遅くなった。

翌日の土曜日、大相撲三月場所観戦の為に大阪に移動。

大丸東京駅地下、ミート矢澤で「フィレステーキ弁当」なるものを。これが弁当かと目が飛び出る値段。話のタネに一度食したかったのであるが、決して悪くないものの値段は張るし、一度試したらもういいかなあという印象。

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車内で更に缶チューハイ飲んでほろ酔い気分で新大阪で下車。降りた直後のエスカレータは皆左側に立っているが、御堂筋線に乗り換えるとエスカレータは大阪式に全員右側に立つ。東西の違いが面白い。

心斎橋で一旦下車し、ホテルに荷物を預けてエディオンアリーナまで。この体育館は中にコインロッカー無く大きな荷物を持ち込むと大変なのだ。でも持ち込んでる客をたまに観るのが不思議。あれはどこに置いているんだろうなあ(笑)

今回は会社の相撲好きが確保したマス席を一席融通してもらっている。エディオンアリーナは土俵が近くなかなか迫力あり。しかし飲んで騒いで観戦して、打ち出し後は、更に飲みに繰り出し酩酊してホテルに戻ったから、肝心の土俵の事はあんまり覚えて無いんだよなあ←あかんがな。

隠岐の海が余計な頑張りで栃煌山を破ったのだけは覚えている。稀勢の里も高安も全勝を維持。勢は応援したけど敗北してしまった。

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花道にも近くなかなか迫力ある席であった。

大相撲三月場所 初日観戦写真日記 その2
大相撲三月場所初日を観戦したので、写真日記その2。

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大露羅を見ると、その巨体に、つい写真撮ってしまうなあ。

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オペラグラスで見ていると、元高見盛の振分親方が西の審判席に。心細そうな、「なんちゅう顔してんねん」という風情だったので記録のためパチリと。高見盛は相変わらず面白いなあ(笑)

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十両土俵入り。新十両、石橋改め朝乃山は富山出身。地元から贈られた鰤の化粧廻し。昨年春場所に三段目最下位格付け出しでデビューして1年で関取。そして高砂部屋の部屋頭にという大出世。先場所のどすこいFM放送でアナウンサーが「富山の人間山脈というらしいですよ」と語ると解説の親方が、「人間山脈言うたら、アンドレ・ザ・ジャイアントでしょう。人間山脈はちょっと大げさですよ」と熱心に否定していたのを思い出した(笑)

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小柳も今場所から髷が結えるように。まだまだ出世するだろう。早く幕内に上がって暴れてもらいたい。大学相撲出身は身体も基礎はほぼ出来上がっており相撲も巧いが、力士として肉体的な力が伸びて行くのはせいぜい25歳前後くらいまで。年齢的に残された時間は、実はそんなに長くないかもしれない。

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協会ご挨拶は4横綱が揃って壮観である。

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新横綱稀勢の里、本場所での初土俵入り。綱を締めてみると、この威風堂々たる体躯は、やはり横綱にこそ相応しかったのだという思いを新たにする。せり上がりは4回くらいとちょっと早い気がするが、慣れてくればだんだんと落ち着いてくるだろうか。もっとも北の湖なんかはずっとせっかちなせり上がりだったよなあ。

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天皇賜杯返還。

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優勝旗返還。

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花道を帰る顔は何故か仏頂面ですな(笑)

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新横綱の本場所初取組とあってご祝儀の懸賞がたくさん。結びの一番よりも多かった。

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稀勢の里の塩撒きは、何時もながら美しい。

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新横綱初日は豪風を押し出して横綱初勝利。稀勢の里の本場所での初土俵入りと初勝利をこの眼で観れて、実によかった。大阪までわざわざ来た甲斐があったというものだ。

大相撲三月場所 初日観戦写真日記 その1
先週土曜日は、歌舞伎座昼の部の後、一路東京へ。前泊して、日曜は大相撲三月場所初日に。稀勢の里の本場所初土俵入りと初勝利をこの目で観るのが目的。

ホテルは新大阪付近だったので御堂筋戦でなんばまで。去年だって来たのだが、地下を歩いているとエディオンアリーナに向かう出口が分からなくなった。もう一度案内板に戻ろうと思ったところ、三人組のお相撲さんに遭遇。あ、彼らについて行けばよいやと後ろから同行。無事に体育館到着。

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1年ぶりの大阪場所。懐かしいね。

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入り口門の後ろ歴代横綱の掲示板には稀勢の里の名前も燦然と輝く。

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本日は東京から持ってきた天皇賜杯と優勝旗の返還式も行われる。

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取組表を見ると、新横綱初日とあって、ご祝儀で懸賞は稀勢の里の方が結びの白鵬よりずっと多い。新入幕の宇良にも異例の10本かかっている。まあご当地のご祝儀ということだろうけれども。遠藤は新入幕の時から大人気。懸賞が多過ぎて、先輩力士の反感を書い、発奮した相手がことごとく賞金目当てに馬鹿力出して来たから苦戦したと言う説があるのだが、宇良が潰れないように願いたい(笑)

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椅子席Sだが土俵までの距離は短く、席の傾斜が随分とついているので前の観客が「前ノメラー」でもあまり気にならないのが良いところ。ただ席は座布団がくくられているものの、体育館のプラスティック製で、両隣に男性が来るともう身動きできないほど。また国技館は相撲女子も多いが、どうしてか、大阪場所は早く来る汚いオッサン連中が多い。早く来て、全体としては空いているのに、自分の席の両隣だけ既にオッサンが座っていると、なんだかガックリくるが、この日はそんな事なかった。

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10時半頃入ったのでまず腹ごしらえ。売店で「横綱弁当」なるものを。三段重の立派なもの。ただ、内容的には弁当だし、まあそこそこかな。そして椅子席で食べるには向いていない(笑) 隣が空いていたからよかったが。

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本日も当然ながら満員御礼が出た。協会ご挨拶、優勝杯返還、横綱土俵入りなどの取組中の写真は、写真日記その2で。

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この日は、稀勢の里は盤石の相撲で横綱初戦を飾り目出度い。宇良も勝利。しかし、白鵬、日馬富士が敗れるという波乱あり。春場所は意外に荒れないという説もあるが、この場所は既に初日から荒れる気配。

打出しの後、新大阪まで戻り、一路帰京へと。忙しいが面白い週末だった。

歌舞伎座、「三月大歌舞伎」昼の部を
土曜日は歌舞伎座で「三月大歌舞伎」昼の部を観劇。

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ここしか取れなかったが、席は若干前過ぎたかな。

歌舞伎座では開演前に売店でスパークリングワインを一杯やる習慣。ただ本日は飲み疲れもあり生ビールにしようと思案しつつ店頭へ。しかし注文する前に既に売店の美人のおねいさんがスパークリングワインを注ぐ態勢に入っている。「あ、あ、スパークリングワイン」と初志貫徹しない情けない注文w 寿司屋でも、今日は飲むまいと思っても、「常温ですね」と酒が自動的に出て来る。覚えてもらうと言う事は、自由が制限されることでもあるんだなあ。

まず真山青果作の新歌舞伎「明君行状記(めいくんぎょうじょうき)」。歌舞伎座では16年前に同じ梅玉主演で出ているが、久々の公演。

亀三郎も大奮闘。梅玉の池田光政は、陽明学者として学問ばかりの大人しい高潔の士という雰囲気で出るのかと思ったら、割とくだけた感じのざっくばらんな殿様。しかし人間の大きさがあり、若い者の血気に逸り過ぎた自分への疑念を爽やかに受けとめて、見事な裁きで放り投げるという機知と教養溢れる人物の豪快さを存分に見せる。

真山青果の新歌舞伎らしい、火を吐くような台詞の休みない応酬が特徴的。梅玉は人物としてはしっかり成立していたが、台詞が多いためか結構トチっていた。口跡が明瞭であるため逆にトチリが目立つとも言える。吉右衛門ならムニャムニャ言って切り抜けるし、幸四郎なら妙な声色でごまかすと思うけれども(笑)

ただ、座組みとしては、横綱大関が居ない相撲の巡業のような地味さが感じられるもの。まあ、こればかりはあれこれ配役の都合があるだろうから仕方ないか。

関係無いが、最近は鶏爺さんの大向こうを聞いてない気がする。顔も知らないが、聞こえないとなると元気なんだろうかと気になるな。

30分の幕間がここで。花篭で「さくら御膳」。

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次の演目は、「義経千本桜(よしつねせんぼんざくら)」より、渡海屋・大物浦の段。いわゆる「碇知盛」。渡海屋銀平実は新中納言知盛を仁左衛門。源義経を梅玉。この人はやはり義経役に座りが良い。女房お柳実は典侍の局が時蔵。典侍の局になってからが実に高貴な雰囲気が出てよろしい。安徳帝は、去年の染五郎「碇知盛」でも当時まだ武田タケルだった市川右近が演じていたっけ。

昨年の歌舞伎座の染五郎でも観たが、仁左衛門は生まれついての立ち役というか、知盛は大きく輪郭がクッキリしており圧巻の迫力。演出としては物語が分かりやすい。義太夫狂言で分かりやすいのが良いかどうかはまた難しい問題かもしれないが。

うちの主人は天候観るのが得意でと女房が語る部分は、義経主従を騙してこれから嵐になろうとする日に出港させ、それに乗じて船を襲う算段であったという部分は、今回初めて理解した。なぜか染五郎の時は分からなかったな。イヤホンガイドが教えてくれなかったからか(笑)

渡海屋奥座敷、注進に来た家来たちが伝える戦の劣勢と、沖の船から明かりが次々と消えて行くのを見て、知盛の奇襲が失敗した事を知り、平家の女官達が驚愕し慄いて泣く場面は、歌舞伎の様式的な美に満ちて印象的に成立している。

西国に落ち延びる義経の船が嵐に会い、平家の亡霊のせいだと言われた噂。戯作者はここに、史実では、壇ノ浦で平家滅亡と共に死んだ平知盛と安徳帝が実は生き延びていたと言う虚構を巧みに持ち込んだ。

復讐の鬼となった知盛は、最後には父清盛の悪行を振り返り、昨日の敵は今日の味方と、安徳亭を義経に託し納得して死んでゆくのだが、壇ノ浦で平家を滅ぼした大殊勲の義経さえも、今や頼朝と不仲になり落ち延びる身。運命の輪が巡る歴史の無常の中に、虚構を見事に挿入した悲劇。

切りの演目は、十世坂東三津五郎三回忌追善狂言。

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「神楽諷雲井曲毬(かぐらうたくもいのきょくまり)」 いわゆる「どんつく」

舞踊劇だが全面に出て狂言回しの役をする、荷持どんつくを三津五郎の長男巳之助。親方鶴太夫を松緑。どちらも踊りの流派の家元であるから、舞踊は流暢であるが、神楽というのは歌舞伎の舞踊とはまた違って結構大変なのでは。。海老蔵は、夜の助六だけだと誤解していたが、この「どんつく」にも、大して見せ場ないものの、若旦那役で出演。「助六」は夜の部切りであるが、これがあるから昼の興業にも来なければならない。人気あるからと楽してサボらず、役者として精勤せよとの松竹のメッセージであろうか(笑)。

松緑が毬を使った大道芸を見せるのだが、この日は調子が悪かったか、「アレ?」っとやたらに毬を落として、逆に観客が沸く。あれはしかし確かに本職の大道芸人でも無いのだから難しいだろうなあw

彌十郎、團蔵、時蔵、魁春、彦三郎、菊五郎、尾上右近。大御所も花形も、「どんつくどんつくどんつくどんつくどどんがどん」とみんな楽しそうに賑やかに踊って面白かったのだが、床机に座って出番を待つ時の肝心の巳之助は、あんまり楽しそうではなかったのが少しだけ気になった。親父の面影でも脳裏をよぎっただろうか。江戸の風俗を偲ぶ舞踊劇。

打出し後、地下のロッカーから荷物を出して東京駅まで。大丸地下で弁当を買って新大阪行きの新幹線に乗り込む。大阪エディオン・アリーナで開催される大相撲三月場所初日の観戦が翌日に控えているのだった。忙しい(笑)

「新橋鶴八分店」訪問
月曜日に訪問した「新橋鶴八」のブログをアップしたら、それを読んだらしい「分店」の五十嵐親方から携帯にメッセージが来た。翌日の木曜日、空いてるかどうかSMSで聞いてみると「空いてます。空いてます」と返事が返ってきたので6時に予約。

考えてみると、「新橋鶴八 分店」に来るのは今年になって初めて。すっとぼけて、今年来るのは何回目だっけと聞いてみると、自分のブログ見たら分かるじゃないですか。今年に入って初めてですよ、と。よく確認しているなあ(笑)「おまかせにすると全部出し終わるまで3時間もかかるダメな寿司屋だから見限ったんだよ」と冗談を。しかし1月は相撲観戦、2月は仕事が忙しく、寿司屋通いそのものが減っているのは事実なのだった。

本日は、大常連O氏はいない。予約は金曜だと云うので、居たら帰るよと事前に告げておいたのだが、本日はウソはついてなかったようだ。ここでO氏と「新橋鶴八」について驚愕の情報を五十嵐親方から聞いたのだが、武士の情けでここには書かないでおいてあげよう(笑)

月曜に本店に来た時、分店が休んでいたので、つぶれたかとビックリしたよと冗談言うと、確定申告で税理士と打ち合わせだったとのこと。潰れるどころか、儲かって笑いが止まらないんだなあと聞くと、五十嵐親方はエヘヘと笑う。やはり儲かっているのだなあ(笑)商売繁盛で結構な話。月曜に休んだ代わりに19日の日曜は営業するから来てくださいというのだが、19日は大阪で大相撲大阪場所中日観戦予定なのだった。

まず冷酒を貰って初めてもらう。お通しは平貝を軽く付け焼きにして。

白身はヒラメに鯛。色物でシマアジも。トリ貝はまだ薄いので入れてないのだとか。アワビも始まるのは来月辺りからか。

一番奥、O氏の指定席に座って、親方とあれこれと雑談しながら。食べログに、「しみづ」と値段は同じだが「味が雑」だと書いてたレビュアーがいたよなあと聞くと、「あれは女性の写真貼ってますが男ですよ。書いてる文章読んでも、ちょっとおかしいですよ」と親方が反論。まあ確かにそうだ。結構どこの店に行っても嫌われるタイプだよな、きっと(笑)

つまみはまずヒラメから。金目鯛は蒸し物で。食べログに、甘鯛が出たと書いてあるレビューがあったが、あれは金目鯛だという。ここに来ると飲み過ぎるので、いつも食べた物を覚えてないんだよと文句を言ってたので、最後に勘定する時、優しいバイトの女性が食べた物を書いたメモを手渡してくれた。ということで、食べた物は写真参照。

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疲れたのでタクシー帰宅。


「新橋鶴八」訪問。
月曜は早めに仕事をたたむ目途がついたので夕方に「新橋鶴八」に電話。「新橋鶴八最後の弟子」君が出て、しばし調べてるようだったので、ははあ、ほぼ満席なんだなと思ったが、「7時までならご用意できます」とのこと。滞在時間が短いのは望むところなので、じゃあ早目に入るよと返事して、会社を出てすぐに入店。

ニュー新橋ビル二階に上がると「分店」は珍しく本日お休みのようだ。本店に入店すると大常連O氏用の座布団は敷かれていない。「新橋鶴八最後の弟子」君に尋ねると、O氏は最近、分店に入り浸りでほとんど本店には来ないとのこと。やはりこれからは本店だけに来るほうが安全だな(笑)

「今日は時間切っちゃってすいませんね」と言う石丸親方に、分店は今日臨時休業だねと訊くと、「そうらしいですね、でもこっちには何も言わないから分からないんですよ」と。弟子君によると、大常連O氏と一緒に「新ばし 久」に行ってるんではと言うのだが「久」は月曜お休みじゃなかったっけ。まあ、どこか食べ歩いているのかもしれない。

カウンタには既に2組ほどお客さんがいて、一組は年寄り2名で既に酩酊中。早いな(笑)本日は7時から満席とのことで補助椅子も入っている。

冷酒を頼んで、まずヒラメから。お通しは、大葉とコハダを刻んでゴマを散らした小鉢。これがなかなか旨い。滞在時間短いので早目早目に頼まないと。もっとも石丸親方も気を使って、優先的に注文聞いてくれるからストレス無し。

次に塩蒸し。種札を見ていると、白身はブリがもう季節外れで終わり。ヒラメの他にはシマアジ、カンパチが置いてあった。

店には次々とお客が入店。大繁盛。予約無し飛び込みの2名客が来て「1時間で食べるから」と頼んでいたが、満席で断られる。まあ、町場の寿司屋は別として、江戸前の名店であるからやはり事前に電話一本入れたほうが良いのでは。確かに入り口脇の小上がりテーブルも、すぐ後から予約客2名が来て、奥の座敷にも客が入り完全に満席。

つまみは、サバ。浅めの〆で甘味がとろりと。漬け込みのハマグリ。

握りはいつも通り。中トロ2は上品な脂が美味い。コハダはネットリとした旨味が素晴らしく、ここのふっくらした米の甘味がある酢飯と実によく合う。酢飯を包み込むアナゴは、鶴八伝来のトロトロ。ハマグリのおつゆが出て、最後には〆でカンピョウ巻。何時もの物が何時ものように美味い。伝来の江戸前仕事を楽しんで、満ち足りた気分でタクシー帰宅。

歌舞伎座三月大歌舞伎、夜の部
土曜日の夜は、歌舞伎座三月大歌舞伎夜の部に。

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昼の部の終了が遅いこともあるが、夜の部はほぼ満席で、入口はごった返している。

最初の演目は、「双蝶々曲輪日記 引窓(ひきまど)」。人形浄瑠璃から歌舞伎化された狂言だが、その八段目。二段目「角力場」は前にも歌舞伎座で観た。

相撲取りの濡髪長五郎は「角力場」にも登場していたが、今回は彌十郎が演じる。役者が大柄であるから、相撲取り姿がよく似あう。義理立てから止むなく人を殺めてお尋ね者となり、今生の別れに昔、養子に行かされて別れた実の母親を訪ねてくる。そして、その母は再婚し、相手の先妻の子である南方十次兵衛(幸四郎)が村の役人に取り立てられ、濡髪長五郎を捜索しているという状況。

実の息子を逃がしたい、しかし昔の忠孝の常識では義理の息子こそ立てねばならない。板ばさみになった母親の葛藤。そして、義理の母親の苦しい心を察知して、濡髪を逃がしてやろうとする十次兵衛の思いやりが、引き窓を小道具に交錯する。派手な動きは無く、主役が引き立っているとは言い難いが、台詞劇としてなかなか印象的に成立している。十次兵衛の女房役魁春が、義理の母親を立てなければという心情に溢れる。

ここで15分の幕間を経て、「けいせい浜真砂(けいせいはまのまさご)」

石川五右衛門を主人公にした歌舞伎狂言も多いが、主人公を女に変えた女五右衛門物、長編の「けいせい浜真砂」から「南禅寺山門の場」だけを上演。

上演わずか10分。浅黄幕が切り落とされると豪華な山門。藤十郎は煌びやかな衣装が見所。あとは山門がせり上がり、仁左衛門が出て来て、それで幕となる。上演わずか10分。藤十郎はこの10分の為だけの歌舞伎座出演。贅沢なもんですな(笑) 仁左衛門は、昼の部が「義経千本桜」で終わった後、この10分の為にだけ、「どんつく」、昼と夜の入れ替え、「引窓」と、3時間以上も待っていることになるのだから、歌舞伎役者も大変だ。海老蔵は、夜の部「助六」出演のみで、夕方に歌舞伎座入る前までは子供と朝飯食べたり歯医者行ったりメンテに行ったり、ブログをせっせと更新する余裕すらあるみたいだけど。

ここで30分の幕間。三階花篭にて「さくら御膳」を。ホタルイカや飯蛸、桜餅など春の彩り。

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さて、最後の演目は、本日夜の部メイン、「河東節開曲三百年記念」と銘打った、「歌舞伎十八番の内 助六由縁江戸桜(すけろくゆかりのえどざくら)」

河東節は、成田屋が主演する「助六」の伴奏にしか使われない江戸発祥の三味線浄瑠璃。今では素人の旦那衆や奥方がやっており、助六が上映される時は、その時だけの「名取」となり、歌舞伎座の舞台でも交代で勤めるのだとか。確かに看板には当日の出演者が。「ぼたん」とあるのは海老蔵の妹。

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筋書きには当月の出演者一覧があり、大勢名前が挙がっているが、「ナイルさん」というのは、歌舞伎座向かいの「ナイル・レストラン」オーナーじゃないかな。

裃姿の右團次が口上を。この最初の口上も、成田屋が上演する助六にしかない伝統ある所縁の演出。

絢爛豪華な吉原を背景に、粋で洒脱で鉄火で女にモテモテ。江戸っ子の理想を体現したような花川戸助六が、「どうだ格好いいだろう」と大見得を切って舞台で活躍する。昔の江戸で人気であった曽我兄弟の設定も重ねて。

「出端(では)」と呼ばれる助六の登場は、幕が開いてから45分ほど経ってから。そして花道で延々と15分程、花川戸助六の男伊達と格好良さをたっぷりと舞台一面に振りまく。土曜は、西の桟敷と花道の間、いわゆる「ドブ」の4列目だったので、花道はもう手が届くほど。助六登場は実に迫力あり。ただ、意休さんやくわんぺらは遠かったが。

海老蔵にとっては何度も演じた助六。成田屋の御曹司に生まれなければ、若いうちから助六を主演することはまずなかろう。成田屋の成田屋による成田屋のための、当代の團十郎、あるいは海老蔵が劇の中心に屹立する煌びやかな一大プレゼンテーション。演者も多く、だからこそ、そんなに度々演じられる演目ではない。

海老蔵は、時として良い歌舞伎役者だとは思わない面もあるのだが、この花川戸助六に関しては、鼻筋がスッと通った見事な男伊達で台詞にもまったく上滑るような癖も無く、劇場全体を手の内に睥睨して、寸分の隙もなく煌めいている。成田屋の当代や御曹司が一番映えるように考えられた伝来の演目なのだから当然といえば当然か。

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江戸の昔、一日千両の金が動く場所というのは、歌舞伎と魚河岸、それに吉原くらいとイヤホンガイドで。お互いの世界は深い付き合いがあり、「助六」がかかる時は、今でも江戸紫の鉢巻を魚河岸の旦那衆から貰う仕来りに。さすがに最近は吉原も、江戸の昔ほどの一大遊興地ではなくなったから、こちらからは唐傘などは贈られないのだろう。もっとも浅草界隈の旦那衆とは、平成中村座や襲名のお練りなどもあり、今でも歌舞伎界とは結構付き合いがあるのだろうが。

江戸情緒に溢れた傾城達の揃い踏みが賑やか。華やかに次々登場。髭の意休は、元々ニンに合った左團次が手慣れた体で演じる。しかし、あれは床几に座ってずっと背を伸ばして役の大きさを見せねばならず、結構大変な役だ。

女形大役の三浦屋揚巻は雀右衛門が初役で。悪態の初音は、普段はおっとり上品な大夫でそんな事は決して言わないのだが、愛する間夫をけなされ、意を決して悪口をきくという風情が良い。ただ品格はあって立派に成立しているが、匂い立つような艶やかな色香には、ほんのちょっと欠けるか。まあこれは役者の個性というものかもしれないけれども。くわんぺら大王は達者な歌六。

福山かつぎの巳之助、国侍や奴、通人の股くぐりや楽屋落ちを散りばめたお笑い部分も、白酒売新兵衛を演じる御大菊五郎の和事風味もあって実に和やかに成立している。普通の狂言というよりも、一大祝祭としての成田屋宗家の「家の芸」。今度「助六」が歌舞伎座でかかるのは、海老蔵の團十郎襲名披露興行だろうか。 観れる内に観ておこうと、日曜の夜も「助六」だけ観に行ってしまった(笑)

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「昭和の店に惹かれる理由」 を読んだ。
銀座教文館は、演劇系のみならず飲食関係の本も充実している。神保町の寿司屋「鶴八」が取り上げられていたので、「昭和の店に惹かれる理由」を購入。

私が寿司屋巡りを始めた遠因は、この神保町「鶴八」の先代、諸岡親方が書いた「神田鶴八鮨ばなし」を読んだから。勿論、読んだ時は下っ端の若手サラリーマンだったから、寿司屋巡りする金銭的余裕なんて無かったけれども。

「鶴八」を引退した後の諸岡親方には、「新橋鶴八30周年パーティー」で石丸親方に紹介して頂いてお会いして、なんだか憑き物が落ちたような気になったが、先代が健在の時も、代替わりした今の神田「鶴八」にも一度も行っていない。

店を引き継いだ田島親方のインタビューは、「鮨を極めるで読んだ時とあまり変わり無し。元々が真面目、愚直な職人で、そんなに面白みは無いのかなあ。しかしそれでもなかなか興味深い記事。今度一度訪問してみるか。

その他、とんかつ「とんき」、天ぷら「はやし」、おでんの「尾張屋」、餃子の「スヰートポーズ」など、まさに昭和を体現した店の紹介が実に面白い本なのであった。「食べもの屋の昭和―伝えたい味と記憶」を思い出した。本棚からまた発掘して読まないと(笑)


「クリード チャンプを継ぐ男」を観た。
Amazonに発注したブルーレイで、「クリード チャンプを継ぐ男」を観た。



世紀の傑作とまでは思わないが、実によく出来ている。シリーズの第一作「ロッキー」は、underdog(負け犬)が血の滲む努力をして強者に泡を吹かせると言う、古今東西を問わず人の心を熱くするストーリーの歴史的金字塔。脚本・主演のスタローンはこれ一作で世界的大スターになった。

本作品は、もう一発当てようという商売気ではなく、スピンアウトとして持ち込まれた企画が実現したそうだが、「ロッキー」シリーズのバックグラウンドを巧みに織り込みながら、第一作の「ロッキー」に似たカタルシスを観客に与える事に成功している。最後のチャンプとの対戦で「ロッキー」のテーマが流れるのは若干反則のような気がするが(笑)、まあスタローンは「俺の映画で俺のテーマソング使って何が悪い」と言うだろう。

「ロッキー」は元々「3」で終わるはずだったらしいが、「4」「5」「ザ・ファイナル」と制作。本作は、「4」で扱われたアポロ・クリードの死と「ザ・ファイナル」で描かれたロッキーの老残の延長線にあるもの。「5」は出来がイマイチだったので、「ザ・ファイナル」は観なかったなあ。

「5」は、実際に白人のヘビー級チャンプとなり「ホワイト・ホープ」と呼ばれたトミー・モリソンが出演して話題となったが、その後モリソンは、HIV感染が明らかになりボクサー人生に終止符を打つことに。マイク・タイソンと対戦する大型契約もあったらしいが、全てが消滅。余計な現実の蹉跌が記憶に残っている。

アドニスとメアリー・アンとの最初の出会い。「He is my husdand」、「You are his son」と微妙な距離感を持って語られる会話は、アドニスの出自が後に語られて納得。アパートメントで大音響で音楽を流すビアンカの背景、教育も受けタブレットやPCを使いこなしながらも血に飢えたボクサーへ傾倒してゆくアドニスの父親に対する屈折した想い。脚本も細かい所がよく出来ている。

誰もが弱みや深刻な問題を抱えているが、それと戦い超克する事が尊いのだというメッセージは、第一作「ロッキー」から継続するテーマ。今の御時世ではシンプルでストレート過ぎるかもしれないが、しかし多くの人の心を打つ。


歌舞伎座、「猿若祭二月大歌舞伎」昼の部を観た
江戸歌舞伎390年を記念する歌舞伎座、「猿若祭二月大歌舞伎」昼の部に。

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歌舞伎そのものは、京の河原で出雲の阿国が始めた「歌舞伎おどり」が原型というのは良く知られた話。江戸歌舞伎は、初代猿若勘三郎が390年前に京から江戸に下り、官許を得て今の京橋辺りに「猿若座」を常設歌舞伎小屋として開設したのが始まりだとか。

猿若勘三郎が中村勘三郎の初代だが、血統は明治になって断絶して松竹創業者の預かりとなっており、これを時を経て襲名したのが十七世中村勘三郎。新歌舞伎座開場前に早世した十八世勘三郎を経て、中村屋の当代は勘九郎、七之助の兄弟。猿若祭は夜の部に勘九郎子息の初舞台もあり、昼の部も勘九郎、七之助が大活躍。

最初の演目は、「猿若江戸の初櫓(さるわかえどのはつやぐら)」

30年前の「猿若祭」が初演の舞踊劇。出雲の阿国と猿若勘三郎が一緒に江戸に下ってくるというフィクションを導入部に、猿若が官許を得て猿若座を設立するまでを華やかな舞踊と共に見せる。猿若は勘九郎が軽妙に、出雲の阿国は艶やかに七之助が演じ、彌十郎、鴈治郎が脇を固める。華やかかつ目出度く踊る江戸の風情が印象的。歌舞伎はやはり相撲と共に江戸の華ですな(笑)

20分の幕間を挟み、「大商蛭子島(おおあきないひるがこじま)」

歌舞伎が大いに発展した江戸天明期に江戸中村座で初演された演目で、長く埋もれていたが昭和37年に復活。しかしその後、昭和44年に初演と同じく二世松緑主演で再演されて以来上演が途絶えていたという珍しい演目。

頼朝が伊豆に蟄居して、手習いの師匠となり、しかも好色で習いに来る娘達に、妻の門前でもエロエロなちょっかいを出すというのが江戸の大らかな風情を感じさせて面白いが、歌舞伎お馴染みの「実は」の設定が、入り組んでしかも荒唐無稽な気がして、これが継続して上演されなかった一因でもあるのでは。しかし、髑髏や女房おふじの燃え上がる嫉妬の演出には奇妙なオカルト色もあり、なかなか興味深い。

当代松緑が、正木幸左衛門実は源頼朝を好演。好色な手習い師匠が、実は源氏の総大将であり、決起する覚悟をする最後の場面まで、なかなか印象的に成立している。勘九郎が地獄谷の清左衛門実は文覚上人、七之助が、おます実は政子を演じる。

嫉妬する古女房おふじは、時蔵が熟練の技で演じるが、糟糠の妻の門前で(源氏挙兵の為に北条氏の力を得なければいけないとはいえ)政子と祝言し、初枕を交わすために寝室に入る頼朝はとんでもないな(笑) まあ、これはこれで当時の観客は喜んだのだろうが。

しかし、なんだかんだあっても、最後は賑やかに頼朝挙兵となり、目出度し目出度しで幕というのが、おおらかな天明歌舞伎の趣。

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30分の幕間に花篭で「猿若祭御膳」で一杯。

次の演目は、「四千両小判梅葉(しせんりょうこばんのうめのは)」。河竹黙阿弥が盗賊を描いた「白波物」。菊五郎が江戸城の御金蔵を襲う盗賊、野州無宿富蔵、梅玉が同じく盗みに加担する藤岡藤十郎。その他、菊五郎一座が出演する気楽な世話物。左團次が牢名主松島奥五郎を演じる江戸時代の牢屋風情は、黙阿弥が色々取材して盛り込んだらしいが、珍しくも実感があって面白かった。一種のピカレスク・ロマンだが、日常から離れた悪漢を描く物語は、古今東西を問わず、一種の「Sence of wonder」を刺激する。

最後の「扇獅子(おうぎじし)」は、石橋の舞台を江戸に移した清元舞踊。江戸の風情を背景に、鳶頭と芸者が機嫌よく踊る舞踊というのはあれこれあるが、どれも賑やかで切りにはよい。華やかに打出し。